第285話 ルディが求める嗜好品
ルディが執務室に入ると、イエッタが2人分のコーヒーを淹れてテーブルに置いた。
「どうぞ」
「ありがとうです。イエッタもコーヒー飲むのですか?」
「普段は飲みませんが、来客が来た時に自分の分が無いのは変なので、体裁です」
「そこはソラリスと違うですね。アイツは体裁という言葉を知らねーで、マイウェイを暴走してるです」
ルディの冗談をイエッタが微笑んだ。
「ソラリスは可愛いですね。私は今の彼女を気に入っていますよ」
「アレが可愛い? 時々AIが何を考えているのか、僕、分からねーです」
「ふふふっ。私たちAIも人間を見て時々そう思います」
ルディが肩を竦めると、イエッタが口元を押さえて笑った。
その笑顔が疑似感情なのは分かっているけど、ルディには本当に笑っている様に思えた。
雑談が終わると、ルディとイエッタはデッドフォレストの経営について話し合った。だが、卓上に資料などはない。
2人は、ナイキのデーターベースに保存している資料へアクセスして、それを見ながら口頭だけで次々と話をしていた。
「ここに来るまで領都の様子を見て来たですが、今年は税金免除で全員浮かれポンチでしたです」
「今年は凶作にもならず、全ての収益が自分の物になっていますので、経済が回っております」
「一度冷えた経済は解かすの大変です。ただし、バブル膨らみ過ぎるとパーンと弾けるから気を付けろです。土地バブルが始まる前に、ソフトランディングで景気循環の調整必要ですよ」
「どのように戻しますか?」
イエッタの質問に、ルディが腕を組んで首を傾げる。
「うーん、そーですねー。銀行がねーから、金融でどーにかできるものじゃねーです」
「いっそのこと、銀行を作っては?」
「それはやめた方がいいです。銀行作ったら、デッドフォレストだけ経済が回りすぎるです。他の領地と軋轢が生じるですよ。特に来年は戦争特需があるから、何もしなくても景気良くなるやべーです」
「やはり、戦争特需は来ますか……」
「王太子が戦争の予算全額出すと言ったです。戦争バブル高い確率で来るです。そーですね。とりあえず、経済は麦と薪の値段で調整するです」
「分かりました」
イエッタはルディの話に頷き、データーベースの議事録を更新した。
「今からレインズさんから貰った土地の有効活用を相談するです」
「フロントライン東の草原ですね」
「そのとーり。あそこ水田にしたいです。だから風車増設です」
「水田? 確か予定では麦を作るのでは?」
「米を作りたくなったです。特に山田錦.MkⅤとか、五千万石なんて良いですね」
ルディが米の品種を言うと、イエッタがジト目になった。
「マスターが欲しいのは、お米ではなく日本酒ですか?」
ルディが言ったのは、日本酒の製造に使う米の品種だった。
「やっぱりバレたです」
そう言ってルディがペロッと舌を出した。
「昨日、鴨鍋食べた時、日本酒の純米大吟醸を飲んだです。もうウメーのなんの……アレと同じか、それ以上の酒を造りたくなったです」
「領地に提供する種もみは、どうなさるおつもりですか?」
イエッタの言う通り、元々ルディが貰った草原は開墾して品種改良した麦を作り、種もみを領内のレインズに売る予定だった。
「あっちはあっちで順調よ。ナイキのサーバーにアクセスして報告書確認しろです」
ルディに言われて、イエッタがファイルサーバーのF1種増産計画の報告書にアクセスする。
その報告書によると、この半年の間で、遠く離れた無人島で作られた麦は、マナの影響を受けず順調に収穫されており、F1種の種もみにもマナが含まれているのが確認されていた。
「このまま行くと、再来年には領都の全ての農地に配る事ができますね」
「そーなのです。この惑星、まだ航海術が未熟よ。多分、後300年ぐらいは、あの無人島発見されねーです」
ルディがウンウンと頷いて、続きを話す。
「そこでですね、種もみはあそこでそのまま育てよーと思うのです。そーすれば、誰も盗めねーから、セキュリティの面からも安全よ」
「そして、余った草原の土地でお米の栽培ですか……」
「イエースです」
ノリノリなルディとは逆に、イエッタが眉間を押さえて困惑の表情を浮かべる。
これも疑似感情なのだが、見事なまでに人間の感情を現していた。
「私は人間の嗜好品についてそれほど詳しくないのですが、お酒というのは、そこまで求める物なのでしょうか?」
「AIの電子頭脳に強制盆踊りさせるウィルスが侵入して、アッパラパーになる感じです」
「それはフルメンテナンスが必要な事案になります」
「そいつをソラリスに入れてみてーです。もちろん冗談ですよ」
そう言ってルディが笑っていると、執務室の扉からノックの音がした。
イエッタがルディに視線を向けると、ルディは問題ないと頷いた。
「どうぞお入りください」
イエッタの返事に扉が開くと、ニーナとレインズの奥さんのルネ夫人が部屋の中に入ってきた。
「あ、やっぱりルディ君、ここに居たのね」
「ニーナさん、一昨日ぶりです。ルネさんもお久しぶりです」
ルディの返答に2人がにっこりと笑う。
「実はね、ルディ君にお願いがあって来たの」
「ルネさんの化粧品ですか?」
ルディに言い当てられて、2人が驚いた。
「……よく分かったわね」
「ニーナさんとルネさんが揃って来た時点で、分かったですよ」
ルディが言い返すと、その返答が面白かったのか2人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
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