第284話 華麗なるボディーブロー

 草原でルイジアナが空を見上げていると、遠くから輸送機が見えてきた。

 ルイジアナが手を振っていると、輸送機は彼女から少し離れた場所で着陸した。


「ルイちゃん、お待たせです」

「ルー君もご苦労さま」


 輸送機のハッチが開いてルディが声を掛けると、ルイジアナが微笑んだ。

 彼女はこれからソラリスの操縦する輸送機に乗って王都へ向かい、クリス王太子に軍事同盟の詳細を説明しに向かう予定だった。


「これ、ボールペンの芯です。王子様に渡しやがれです」


 そう言ってルディがルイジアナに渡したのは、丁寧にラッピングされたボールペンの芯が10本入った小さな箱だった。


「……分かりました」


 ルイジアナはルディからそれを受け取ったが、若干戸惑っていた。


 ルディは銀河帝国文字が書いてあるボールペンの芯が入った箱を、そのまま渡すのは問題があると考えた。

 そこで、厚紙をわざわざ作り、一応王子様に渡すのだからと、丁寧にラッピングしてからリボンを添えた箱に、ボールペンの芯を入れた。

 だが、この惑星には、まだ植物性の紙自体が存在していない。そして、当然ながらラッピングもまだ未知の文化だった。

 ルイジアナは丁寧なラッピング用紙とリボンを見て可愛いと思う。だが、同時にハルビニア国の貴族がこれを見てしまったら、技術を盗み出そうとしてルディを強引に拉致するかもと考えた。


「ルー君。この包みは可愛いと思うんですが、危険なのでは?」

「危険? そーですか?」


 ルイジアナの指摘にルディが腕を組んで少し考えて、頭を左右に振った。


「僕の後ろ、ししょーが居るです。それでも喧嘩売ってくるなら上等です」


 ルディはそう言うと、シュシュとシャドーボクシングをして、ルイジアナに見せた。

 確かにルディの言う通り、この梱包用紙を調べれば、ナオミの存在に気付くだろう。ナオミは相手の地位など恐れずに、敵対するならどんな敵でもぶっ潰す。

 ルイジアナは、ルディを拉致して技術を盗むのは、ナオミの報復を考えるとデメリットが大き過ぎて安全だと分かった。


「分かりました。ルー君がそう言うなら、そのまま渡しますね」

「よろしくです」


 ルディが降りて、代わりにルイジアナが輸送機に乗る。

 ハッチが閉まって輸送機が空を浮かぶと、ルディは手を振って王都へ向かう輸送機を見送った。




 輸送機を見送った後、ルディは領都に向かって歩き始めた。

 目的はルディが受け取った土地について、ソラリスから領地運営を引き継いだ、なんでもお任せ春子さんの1人、イエッタと相談したかった。

 アンドロイドのイエッタだったら、ルディは遠距離通信で話せる。だが、ついでにデッドフォレスト領の様子を実際に見てみたかった。

 なお、ナオミは革命の魔女と呼ばれるのが嫌がって、今回は付いて来ておらず、ゴブリン一郎はゴブリンだからお留守番。


 ルディもデッドフォレスト領では、怪盗ルディとしてそれなりに有名だったので、騒がれたくないから、領都へ入る前にコートのフードを被って顔と髪を隠した。


「チョット待て」


 領都に入ろうとするルディに、門兵が声を掛けてきた。


「……何ですか?」

「いや、何ですかじゃなくて。警備兵の前で顔を隠す、お前が何ですかだよ!」

「目立ちたくないだけです。では!」


 ルディは門兵にシュタッと手を上げて通り過ぎようとするが、門兵はルディの首根っこを掴んで歩みを止めた。


「ぐげっ。首が締まるです」

「それはスマン。だがなぁ……俺も仕事だから、目立ちたくないという理由で通す訳にはいかねえんだ」

「……立派に仕事してるですね」


 レインズが領主になる前の門兵は、街に入ろうとする通行人に賄賂を要求しており、門兵はルディの返答に苦笑いを浮かべた。


「安心しろよ。俺はあんなろくでなし連中と違って、賄賂なんて要求しねえ。だから、この街に来た目的を話してくれ」

「僕、レインズさんに会いに来たですよ」


 ルディはそう言うと、フードを捲って顔と髪を晒した。


「怪盗ル……ぐほっ!」


 咄嗟にルディが門兵の脇腹に拳を放つ。

 ボディーブローが内臓を抉り、門兵は最後まで言えずに身もだえた。


「だから目立ちたくねー言ったです」


 門兵が涙目になって何度も頷く。

 ルディはまたフードを深めに被ると、門兵の肩をポンポンと叩いて、領都内に入った。


「そんなの分かるわけねぇ……」


 ルディの背後から、脇腹を押さえて苦しむ門兵の呟き声が聞こえた。




 ルディは領主館の前でも外門と同じやりとりを繰り返し、2人目の犠牲者を出してから中に入った。


「マスター。いらっしゃいませ」

「イエッタ、元気でしたか?」

「特に故障はございません」

「それは何よりです」


 ルディは玄関で出迎えたイエッタに挨拶をして、彼女の案内で領主館の中へ入った。


「経営は順調ですか?」


 廊下を歩きながらルディが質問すると、イエッタが頷いた。


「現在、進捗率は56%でございます。現在のボトルネックは薪が不足しており、値段が高騰しております」


 デッドフォレスト領の薪は、魔の森の近くにあるいくつかの村が森を伐採して確保していたが、前領主の悪政で幾つかの村が廃村になり、今は労役兵が彼らの代わりに伐採していた。

 だが、薪は伐採してから半年ほど乾燥させる必要がある。

 革命が夏だったので、急な労働力の変更が間に合っていなかった。


「それは何とかなるのですか?」

「草原で廃村となった村を解体して、対処中でございます」

「なら問題ねーですね。どーしても足りねーなら早めに報告するです」


 ルディはどうしても足りないなら、重機で伐採して魔法で乾燥した木を渡すつもりだった。


「畏まりました」


 ルディの話にイエッタが頷く。

 そして、2人は執務室に入った。

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