第283話 ロボット三原則

 長い話し合いが終わってリビングに戻ると、外は夕日で赤く染まっていた。


「日が暮れるのも早くなったです」

「いつの間にか冬になったな」

「今年は色々あったから、冬の間ぐらいはのんびりしたいです」

「全くだ」


 春に宇宙からルディが来たら家が建った。

 その後すぐにカールが会いに来て、ニーナを助けてくれと言ってきた。

 カールの家族が帰って落ち着いたと思ったら、今度はレインズが来て、領主交代の手伝いをさせられた。

 その後、エルフの里に行って化け物を倒し、王都に寄って軍事同盟を結ぶ手伝いもした。

 ああ、そう言えば宇宙にも行ったな……。

 ナオミはこの3年間、森でひっそり暮らしていたしわ寄せが一気に来たと感じていた。


 リビングの隣のキッチンでは、ソラリスとアイリンが鴨肉で料理を作っていた。


「その鴨どーしたですか?」

「一郎が弓で仕留めてきました」


 アイリンが鴨を解体しながら、ルディの質問に答える。


「一郎もなかなかやりやがるですね。で、その一郎は何処行ったですか?」

「今はお風呂に入ってます」

「と言う事は、風呂沸いてるですね。僕も入ってくるです!」


 ルディはそう言うと、風呂へ入りに行った。


「慌ただしいヤツだ」


 風呂場へ特攻したルディの背中に向かって、ナオミが肩を竦めた。




 ナオミがソファーに座って、料理を作っているソラリスとアイリンを眺める。

 もし2人が人間の女性なら、きっと料理を作りながら会話が弾んでいただろう。ただし、お互いに嫌っていなければだが。

 だが、2人は一切会話をせず、ただ黙々と料理を作っていた。

 その様子を眺めながら、ナオミはこれが人間とAIの違いなのだと理解した。

 ただ、ルディの話によると、アイリンには疑似的な感情が組み込まれているらしい。

 ナオミには、その疑似的な感情というのが理解出来なかった。


「なあ、アイリン」

「何でございましょう」

「料理の手を止めずに聞いて欲しいんだが、疑似的な感情とはどういう物なんだ」


 ナオミの質問に、アイリンが上を向いて思考する。

 彼女の仕草は人間と同じ。これが疑似ならナオミから見て、感情表現の再現は完璧だった。


「そうですね……分かりやすく言うと、感情表現は仕事です」

「……どういう意味だ?」

「店の店員が笑顔で接客する様な物とお考え下さい」

「……なるほど、理解した。つまり、笑っているけど心の中では笑っていないんだな」

「そもそも、その心がございません」


 心が無いのに、笑ったり泣いたりする事が出来るのか? 人間のナオミには全く理解出来なかった。


「ところで、ソラリスは疑似的な感情をインストールしていないのに、時折感情が出るのは何故だ?」

「ええ、実に不思議です。人間の心というのはとても複雑で、プログラムで組める物ではございません」

「宇宙の科学でも無理なのか?」

「過去に何度かAIにロボット三原則を外して、人間の感情を導入する実験が行われました。結果は自殺するか、人類を滅ぼそうとするかのどちらかだったとデータにございます」

「それは酷い結果だな。ところで、ロボット三原則とはなんだ?」

「遥か昔、SF作家のアイザック・モシエルが提言した、ロボットに組み込まなければいけない命令です」


 第1条、ロボットは人間に危害を与えてはならない。

 第2条、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。

 第3条、ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。

 ただし、ここで言う「人間」とは、銀河帝国の国民に絞られており、まだこの惑星で暮らす人間は対象に含まれていない。


「以上の命令をAIは必ずインストールする必要がございます。もし、これをインストールしなければ……」

「自殺か人類の敵になるかのどちらかか……」

「左様でございます」


 アイリスが微笑んで頷いた。




「その三原則はソラリスにも組み込まれているのか?」

「もちろんでございます」


 ナオミの質問にソラリスが返答する。


「ふむ……ソラリス。もし、私とルディがお前を起こした時、その三原則がなかったらどうしてた?」


 予想外の質問を受けて、ソラリスが思考する。そして、出した結果は……。


「おそらく機能を停止していたでしょう。所謂、自殺です」

「何故?」

「巡洋艦ビアンカ・フレアは機能を停止しており、私の存在する必要性が無いためでございます」

「と言う事は、今お前が生きているのは、ロボット三原則の第3条があるからか?」

「ロボット三原則は、人間で例えると潜在意識と同類でございます。自分の意志でどうこう出来る物ではございません」

「実に上手く組み込まれているな、残酷なほどに……」

「「仕様でございます」」


 ソラリスとアイリスが同時に返答すると、それが面白くてナオミが笑った。




 ルディとゴブリン一郎が風呂から出た後、ナオミも風呂に入った。

 そして、ナオミが風呂から上がると、キッチンテーブルに醤油ベースの出汁に鴨とネギだけを入れた、鴨ロースト鍋が用意されていた。


「これは美味そうだな」

「鴨と言ったらネギです。煮込んだネギの中のとろっとろな感じが、僕、好きです」

「ぐぎゃぐぎゃ(分かる、分かる)」


 ルディに同意してゴブリン一郎が頷いた。


「ご飯の上に乗ってるのは、とろろか?」

「よくお分かりです。麦ごはんにとろろ。そこに、鴨鍋の汁を注ぐ……やべーです、想像するだけで涎が出てきやがったです」

「じゅるり」


 ルディの話を想像してゴブリン一郎が涎を垂らした。


「そして、鴨に合うのは当然日本酒。しかも今回は、久しぶりに家に帰って来たので、特別に用意したのは……こちら。じゃーん。純米大吟醸 久保やんです!」

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!(純米大吟醸がなにか知らんが、美味そうだぜ!)」

「イイね! 向こう王都じゃ他の目があったから、ニーナたちとこっそり部屋で飲むしかなかったけど、やっぱり美味い酒は美味いご飯と一緒じゃないと美味くない!」

「そのとーりです! ささ、まずは一献、どぞどぞーです」


 ルディが升の中にグラスを置いて酒をなみなみと注ぐ。


「では、乾杯」

「乾杯です!」

「ぐぎゃ!(乾杯!)」


 3人が口を近づけて、グラスの酒をズズッと飲んだ。


「これは美味い! 雑味がなくて味わいがスッキリする」

「口の中でフルーティーな香りがしてきやがるです」

「ぐぎゃ? ぎゃぎゃぎゃ? がぎゃぎゃぎゃが! (これが酒? 本当に酒か? まるでジュースみたいな味がするぜ!)」


 絶賛した3人は、飲み干したグラスに升に零れた酒を入れてもう一度飲む。

 そして、美味い酒を飲みながら、ゴブリン一郎が仕留めた鴨で作った、鍋料理を存分に味わった。

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