第271話 大変な下ごしらえ

 ルディたちが白鷺亭に戻ると、配達依頼をしていた野菜が届いていた。


「さて、これから時間の勝負です」


 宿の裏庭でルディが指時計を見ると、時刻は14時半を指していた。


「そうは言っても、この量は俺たちだけじゃ無理だぜ」


 野菜と鶏肉の山を見て、セリオがうんざりする。


「もちろん僕たちだけでこの量の下ごしらえは無理です。と言う事で、パトリシオ君」

「は、はい!」

「僕たちだけ働かせて、中で昼から酒を飲んで人生を無駄にしている傭兵達に、手伝わないと飯抜きだと言ってこいです」


 パトリシオは命令を聞くなり、悪戯っぽく笑った。


「了解しました!」


 パトリシオが宿の中へ入ってルディの言付けを傭兵たちに伝える。

 すると、宿の食堂でくだを巻いていた傭兵たちは、慌てて外に出てきて水汲みや野菜を洗いだした。

 なお、傭兵たちと一緒にカールの家族、ルイジアナにハク、さらに貴族のレインズも手伝に来ていた。

 その様子にルディが満足していると、それが面白かったのかマルティナが笑い出して、ルディの肩をパンパン叩いた。


「あははははっ面白いね。最初に脅かされた時はビビッたけど、一緒に居ると飽きないよ」

「それ、誉め言葉ですか?」

「もちろん! 今のは最上級の誉め言葉だよ」

「お笑い芸人になった気分です」


 セリオは下ごしらえをする傭兵たちの指導。マルティナはルディと一緒に、鳥ガラスープの作成。パトリシオはソラリスと一緒に、すいとんの作成の担当になった。




 傭兵たちはルディの言われた通りに野菜を洗って、ごぼうは斜めに薄切りにして5分ほど水に晒し、大根と人参は薄くいちょう切りにしていた。


「痛てっ!」


 大根を切っていた傭兵お1人が包丁で指を切り、その様子にセリオが肩を竦めた。


「なんだよ、ゴルレス。普段は力自慢で威張ってるくせに、案外不器用だな。だから、女の扱いも不器用でモテないのか?」


 セリオの冗談に周りから笑いが沸き起こる。


「うるせえ! 別に口に入れれば全部同じなんだから、こんなに細かく野菜を刻む必要ないだろ」

「だったら、食わなくていいぜ」

「……さーせん」


 またお預けを喰らう地獄は体験したくない。

 ゴルレスは素直に謝ると、野菜切りを他に任せて水汲みに回った。




 ソラリスはメイド服の袖をまくって、大きなボウルにそば粉と小麦粉を、6:4の割合で混ぜた。


「ではパトリシオ様。少しずつ水を注いでください」

「うん」


 パトリシオが少しずつボウルに水を注ぎ、ソラリスが粉を混ぜ合わせる。


「ここで一旦止めてください」

「はい」


 柔らかさが均等になるように、注ぐ水を止めてかき混ぜる。それを3回ほど繰り返すと、生地が耳たぶとおなじぐらい柔らかくなった。


「これを後5回やれば、全部終わります。頑張りましょう」

「大変そうだね。替わろうか?」


 傍から見てこねる作業は力が要りそうだ。パトリシオが提案すると、ソラリスは頭を左右に振った。


「私は疲れないので問題ございません」

「そ、そうなんだ…タフなんだね」

「仕様でございます」


 どうやら余計な心配だったらしい。パトリシオは重労働でも全く汗を掻いてないソラリスを、凄い人だと感心していた。




 ルディは、マルティナと数人の傭兵に、鳥ガラに付いている肉を落とすように命令した後、厨房に入って宿の店長と話をしていた。

 その2人の前には、50人分ぐらい作れそうな大きな寸胴鍋が、4つ並んでいた。


「でっけー鍋ですね。これ店の鍋ですか?」

「違う。ホワイトヘッドの備品だ。アイツ等、依頼主が食事を出す仕事の時はこの鍋を持って行くんだ。でも普段は邪魔だから、うちの倉庫に預けているんだよ」

「なるほどです。一番の心配は鍋だったから、これで安心したです」

「まあ、せいぜいあの腹ペコ連中の腹を満たせてやりな。アイツ等、お前が飯を作った後、毎日呻いていたから今日は食うぞ」

「僕もそれ予想して、大量に作る予定です」


 ルディの返答に、店主が苦笑いして肩を竦めた。




 ルディは寸胴鍋に水を入れてから昆布を投入。30分ほど放置してから、火を入れて寸胴鍋を温め始めた。

 15分ぐらい掛けて沸騰寸前まで温め、寸胴鍋から昆布を取り出す。

 こうする事で、昆布出汁に余計な海藻の臭いとえぐみが無くなる。


「ルディ、このぐらいで良いか?」


 昆布出汁が出来たところで、マルティナが鳥ガラを厨房に持ってきた。


「問題ねーです。マルティナさんは、鳥を捌いてきやがれです」

「了解。それと私に敬語はいらないよ。貴族の厚化粧ババアになった気分になって気持ち悪い」

「りょーかいです」


 マルティナが置いた鳥ガラにお湯をかけてから、もう一度洗う。

 こうする事で、余計な汚れがさらに落ちた。

 それから、鳥ガラを寸胴鍋に入れて、水を鳥ガラが浸るまで加えた。

 ルディは少し考え、今回は臭みを和らげる野菜に、長ネギの青い部分と生姜、ニンニクを入れた。

 長ネギの替わりにセロリを入れれば洋風。にんにくを抜かせば和風の鳥ガラが出来る。

 今回はニンニクを入れたので、中華風の鳥ガラを作るつもりだった。


 強火で寸胴鍋を温めると灰汁が湧くので、それを全部取り除く。

 沸騰してから3時間。弱火で煮込んで、水分が減ってきたら水を足していた。


「ルディ、鳥をさばいたよ」

「ご苦労です」


 ルディがマルティナに労っていると、セリオとパトリシオも厨房に入ってきた。


「野菜、切り終わったぜ」

「すいとんの具も出来たよ」


 その報告にルディが頷く。そして、ふと気になった事を3人に質問した。


「了解です。ところで手伝いの中に、スタンさん見かけなかったですけど、あの野郎、何処に行きやがったですか?」

「そう言えば、僕が声を掛けた時は居たけど見なかったね」


 パトリシオが首を傾げていると、セリオが肩を竦めた。


「それなら俺が他のヤツに聞いたぞ。隊長は用があるとか言って、どっかに行ったらしいぜ」

「あの野郎、逃げやがったな」 


 それを聞いて、マルティナが歯ぎしりをする。


「そーですか、残念です。彼は今晩の飯、抜きですね」


 ルディがそう告げると、マルティナたちは素敵な笑顔でサムズアップをした。

 この時の3人は、この後で傭兵の全員が地獄に落ちるとは、夢にも思っていなかった。

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