第270話 大量の買い物

 市場に行くと、ピーク時間が終わったのか、前回来た時よりも市場を歩く人の数は減っていた。

 商品を完売して畳み始める店もあって、ルディは急いで市場に入った。

 まずルディが向かったのは、前も入った乾物屋。


「昆布下さい」

「おや、坊やかい。どれぐらい欲しいんだい?」

「全部!」

「ぶほっ!」


 あまり売れない商品を全部欲しがるルディに、店の婆さんが思わず吹いた。


「全部かいな?」

「200人分の料理作る事になったです」

「そいつは大変だね。少し待ってな」


 婆さんが用意している間、パトリシオがルディに話し掛けた。


「ルディ。傭兵団は全員で98人だよ。少し多くない?」

「僕、全員がお替わりすると思うです」

「あーうん。確かにそうだな。そんな気がする……そう考えると足りないかも」


 ルディの返答に、パトリシオが納得して頷いた。

 婆さんが持ってきた大量の昆布をパトリシオが持ち、ルディが代金を支払う。

 そして、次に野菜売り場へと向かった。




「おっちゃん。大根下さいです」

「おう、毎度あり‼」


 活気の良い店の親父が大根を一本渡そうとするが、ルディは受け取らずに頭を左右に振った。


「大根60本欲しーです。それと人参を100本……マルティナさん、全部持てるですか?」

「無理に決まってるだろ」


 購入する数を聞いて、マルティナが即答する。


「ですよねー。おっちゃん配達できるですか?」

「お、おう! これだけ買ってくれるなら、してやるよ」

「じゃー今すぐ白鷺亭って宿屋に運びやがれです」

「どうせ今日はもう店じまいだ。直ぐに運んでやるよ」

「よろしこです」

「毎度ありー‼」


 料金を受け取った店の親父は、ホクホク顔でルディに頭を下げた。 




 ルディは他にめぼしい食材を探していると、薬草売りの店で木の根っこが売っていた。


「ごめんくださいです」


 店をしまっている最中の老人にルディが声を掛ける。


「はい、いらっしゃい。何かお求めかな?」

「それって、もしかしてごぼうですか?」


 ルディが指さす商品に老人がにっこりと笑った。


「ほう? 若いのによく知ってるね」


 この惑星のごぼうは、食材というよりも薬用に用いられていたため、野菜売り場ではなく薬売りの店で売られていた。


「そいつを60本買うから、寄越しやがれです」

「60⁉ そんなにないよ。店にあるのは全部で40本ぐらいだな」

「じゃーそれ全部買うです。あと、あそこにある生姜とニンニクも20個ずつ買うのです」

「本当に買うのかい……じゃーちょっと待っててくれ」


 店の老人が準備している間に、セリオが話し掛けて来た。


「なあ、ルディ。あんな木の根っこなんて買ってどうするんだよ」

「別にごぼうしばき合い対決なんてしねーで、食うに決まってるです」

「しばき合い?」

「冗談だから気にするなです」

「……はぁ」


 ルディが代金を支払って、ひもで縛ったごぼうと他の商品をセリオが持つ。


「ぐぎぎ。結構重いな」


 40本のごぼうは意外と重かった。


「またどうぞー」


 ルディは店の老人に頭を下げると、次は肉屋に向かった。




 肉屋では人の声よりも、動物の鳴き声の方がうるさかった。

 肉屋では鮮度を保つため、動物は生きたまま輸送される。そして、必要に応じて屠殺して客に売るのが普通だった。

 なので、肉屋の隣では多くの豚と鳥が柵の中に入っていた。


「おっちゃん、肉が欲しいです」

「肉だけじゃ分からねえよ」


 そう答える店の店主は、血糊の付いた前掛けをしている太った小汚い中年の男性。

 手には大きな屠殺包丁を掴んでおり、見た目だけならホラーゲームに出てきそうな、精神に異常をきたした敵だと思われる容姿をしていた。


「おっちゃん、人を切った事あるですか?」

「そんなおっかねえ事できるか!」


 ルディが冗談で質問すると、店の親父が怒鳴り返した。


「冗談です。だけど、見た目と違ってまっとうに生きてるのが驚きです」

「いきなり人を殺した事があるか質問してきた、お前に俺が驚きだよ!」

「ナイスなツッコミが心地良きかなです……と言う事で、屠殺した鶏を10羽買うです」


 本当は豚肉を欲しかったのだが、不衛生で育てられた豚肉は危険だと判断して、鶏肉を買う事にした。


「10羽もかよ。それならもっと早く来い」


 今から屠殺すると時間が掛かる。ルディの注文に店の親父が嫌そうな顔をした。


「その間に別の店に寄るです」

「仕方ねえな。30分ぐらいで用意しとくぜ」


 店の親父にルディは頷くと、前金を払って最後に粉屋へ向かった。




「おばちゃん。小麦粉欲しいです」


 粉屋でルディが店のおばちゃんに声を掛ける。


「いらっしゃい。どれぐらい欲しいんだい?」

「20kg!」

「ありゃ。随分買うんだね。だけど、今日はもう5kgしかないよ」

「アチャーです」


 困ったルディが店の商品を見回すと、黒っぽい粉の山があった。


「おばちゃん。この粉は何ですか?」

「これはそば粉だよ」

「じゃーそれで良いです。そば粉を15kg、小麦粉を全部下さいです」

「毎度ありー!」


 大量購入に店のおばさんは、うきうきと麻袋に詰め始めた。


「なあ、ルディ。一体何を作るつもりなんだ?」


 待っている間にセリオが話し掛けてきた。


「そば粉のすいとんです」


 すいとんとは一口サイズに丸めた小麦粉を、汁に入れて食べる料理。

 麺類と違って職人技が要らないため、簡単に作れた。


「なーんだ。すいとんかぁ」


 料理の名前を聞いて、セリオだけでなく後の2人もがっかりする。

 何故なら、パンより簡単に作れるすいとんは、麦粥と同様、貧しい家庭料理として昔から食べられていた。

 3人も戦場や移動中に、簡単に作れるすいとんをよく食べる。ただし、貧しい家庭や彼らが食べるすいとんは、味づけが塩だけで具は入っていなかった。


「嫌なら食うなです」

「食う、食う。別に食いたくないなんて、これっぽっちも思ってない」


 ルディにジロッと睨まれて、セリオが慌てて頭を横に振った。


「お待たせー」


 店のおばちゃんが袋詰めした商品を地面に置くと、合計20kgの袋をソラリスが軽々と持ち上げた。

 その様子に店のおばちゃんとマルティナたちが驚いた。


 宿に帰る途中で肉屋に寄り、鶏肉を受け取る。

 ついでに捨てる予定の鳥の骨をただで貰って、白鷺亭に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る