第269話 気ままじゃない傭兵暮らし
「今日から美味い飯が食える!」
「あの地獄からおさらばだ‼」
喜ぶ傭兵の声にルディが露骨に顔をしかめた。
「スタンさん。傭兵は皆あんな風に、生活破綻者だらけですか?」
「へ? いや、まあ、全員というわけじゃないけど、そういうヤツは多いかもな」
「すぐに100人分の飯を作れるわけねーです。馬鹿も大概にしやがれです」
ルディが叱ると、傭兵たちの歓声がピタッと止まった。
話はごもっとも。材料すら揃えてないのに、いきなり100人分の飯を作れと言われても、誰だってそんな事はできやしない。
「申し訳ない。こいつ等には後で言って聞かせる」
謝るスタンにルディがため息を吐いた。
「仕方ねーです。僕もちょっとふざけて苦しめた自覚あるですから、特別ですよ」
それを聞いた傭兵たちは、心の中で『自覚あったんかーーい‼』とツッコんでいた。
白鷺亭の店長が大きな鍋なら用意すると言うので、ルディとソラリスは、荷物持ちに傭兵団からスタンが推薦した3人の傭兵を連れて、市場へと向かった。
「隊長の野郎、女は全員、料理が得意だと勘違いしてやがる」
そう言って愚痴を零すのは、傭兵団の紅一点、マルティナという女性だった。
彼女は身長180cmを超える大柄。男勝りの筋肉質な体つき。肌は日焼けしており、髪の色は茶色。
だけど、顔つきは目がぱっちり大きく、体形に似合わず可愛い。
それ故、見た目の年齢が分からず、おそらく20歳から30歳の間だと思われた。
「姉御が作る料理は、世紀末風だからな」
「素直にマズイと言いな!」
「グホッ!」
マルティナに冗談を言って脇腹を拳でツッコまれたのは、傭兵団で一番料理が得意な男性。名前はセリオ。
見た目は20代前半ぐらい。体は小柄で小麦の様な長い金髪を後ろで縛っている。
顔にはそばかすがあり、傭兵団の中では珍しく髭を伸ばしていない、子供っぽい容姿をしていた。
「セリオ、生きてる⁉ 姉御! 姉御は強いんだから手加減しないと、セリオが死んじゃうよ!」
「す、すまん。ついやり過ぎた」
うずくまるセリオを心配してマルティナを叱るのは、傭兵見習いのパトリシオ。
彼の年齢はまだ15歳ぐらい。身長はルディと同じ160cm前後で、ルディに負けず劣らずの童顔。
髪の色はセリオと同じ金髪だけど、こちらは輝く様な黄金の色だった。
パトリシオは、父親がホワイトヘッド傭兵団の一員だったが、3年前に戦場で死亡。
家族の収入が無くなったパトリシオは、スタンに頼んで傭兵見習いとして、ホワイトヘッド傭兵団に入隊し、家族へ仕送りしていた。
ルディは市場へ向かう途中、傭兵の暮らしを3人から聞いた。
話によると、給料は毎月貰えるが、1人が1カ月ギリギリ生活出来るぐらいしか支給されないらしい。
ただし、仕事があるときは、その時の活躍次第で追加ボーナスが支払われる。ついでに、敵側の村や町を襲撃して得られる臨時収入もあった。
その金額は、多いときは4人家族が2,3カ月楽に過ごせるぐらい得られるので、年収ベースで考えると一般家庭の倍は稼げるらしい。
一般人を襲うのは非人道的だが、文明と人権が未熟な彼らからしてみれば、これが常識だった。
だが、良いこと尽くめではなく、遠征時の食事や武器の整備は自腹。無駄使いをしていると、あっという間に資金が無くなる。
金の無くなった傭兵は傭兵団に借金をして、その代わりに最前線で戦うように命令される。そして、大半が戦場で死ぬらしい。
所謂、足きりというヤツで、生活もまともに出来ない人間は、いくら強くても、傭兵団からしてみれば不要な人材だった。
「傭兵暮らしも大変ですね」
「全くだよ」
そう言ってセリオが肩を竦める。
「今回の依頼を受ける前、貴族同士の小競り合いの仕事があったんだけどさ。予定よりも早く片付いちゃったから、今年の冬の貯えが少し足りなかったんだよね。丁度良いタイミングだったよ」
セリオの話に2人がウンウンと頷く。そして、マルティナが口を開いた。
「しかも話を聞く限りじゃ、えらく儲かる仕事らしいじゃないか。相手がローラン……」
「ソラリス!」
「ハッ!」
マルティナが言い終わる前に、ルディの命令でソラリスが動く。
彼女は高速でマルティナの背後に回って、口を手で塞いだ。
そして、耳元で囁く。
「作戦任務を口外するのは、規約違反でございます」
ソラリスの声にマルティナがゴクリと息を飲む。
振りほどこうとしても、人間とは思えない力で締められ抜け出せない。
戦い慣れている彼女でも、素早く動いたソラリスの姿は見えず、あっという間に背後を取られて、驚き恐怖を感じた。
それはマルティナだけでなく、セリオとパトリシオも動けずに息を飲んだ。
前を歩いていたルディが振り返って、マルティナに微笑む。
その微笑みにマルティナたちの背筋が凍った。
「僕、女性相手でも優しくしねーし、邪魔するなら始末するです。これ重要だから忘れねー方が良いですよ」
マルティナが口を塞がれたまま何度も頷く。
「ソラリス、もういいですよ」
「はい」
ルディの命令に従って、ソラリスはマルティナの口から手を離した。
ルディとソラリスが歩き出すと、セリオが茫然としているマルティナとパトリシオを突いて促して、ルディの後を追った。
「なあ、アイツは一体何者なんだ?」
マルティナが小声でセリオに話し掛ける。
彼女の声はルディに聞こえてないが、アンドロイドのソラリスにはハッキリ聞こえていた。
「俺が知るかよ。だけど、よく考えてみろよ。普通の人間が傭兵に依頼なんてするわけねえだろ」
「僕、何日か前にルディ様と黒剣の家族のドミニクが戦っているのを遠くから見たけど、すごく強かったよ」
「マジか? あのドミニクと互角かよ……」
パトリシオの話にマルティナが驚く。
マルティナたちは、ルディとソラリスの隠された実力を伺いつつも、2人の後を追った。
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