第272話 業火なすいとん

「さて、これからが本番です」


 ルディが服の袖をまくって鼻息を鳴らす。


「やっとだね。こんなに下ごしらえが多い料理は初めてだよ」

「どんなに高級な食材でも、下ごしらえが下手だと不味くなるです。戦争でも料理でも事前の準備ってのは大事よ」

「確かにその通りだな」


 ルディはマルティナと会話している間に、鳥ガラスープをザルで濾して完成させた。


 その鳥ガラスープに昆布出汁のスープを2:1の割合で混ぜる。

 これで鳥ガラのイノシン酸と昆布のグルタミン酸の比率が均等になって、通常よりも7倍の旨味が出せた。

 寸胴鍋に用意した野菜、ごぼうを鍋に入れ、中火で煮立たせる。

 マルティナたちも別の鍋でルディに教わりながら料理を作り。ソラリスはすいとんをひと口大に千切って、別の鍋で茹でていた。


 ルディがタイミングを見計らって鍋に鶏肉を入れる。

 マルティナが捌いた鶏肉にはホルモンも含まれていたが、それは入れずに別の料理で使う事にした。

 鶏肉の色が変わったところで、茹でたすいとんを投入。

 味を調える段階になって、全員で味見をしてみた。


「何これ! すげー美味い‼」

「これが本当にすいとんかよ。今まで食べてきたすいとんは、ただの小麦粉の塊だった」

「これが神の料理人の味かぁ……店長が絶賛するだけの事はあるね」


 まだ味付けをしていないのにもかかわらず、味見したマルティナたちが称賛する一方、ルディは顔をしかめて首を傾げていた。


「んーー。確かにこれはこれで美味しいけど、少し面白くないですね」

「料理に面白いも何もないだろう」


 ルディの呟きにマルティナが話し掛けてきた。


「その思考は貧祖よ。料理は多彩にして味豊かです。甘い物もあれば、辛い物も……辛い?」


 ルディがマルティナに答えている途中、この料理に足りない何かが分かった。


「なるほど。鳥ガラスープを作る時にニンニクを入れたです。そのせいで味がズレたですね。ソラリス、豆板醤はまだあるですか?」

「これでございますか?」


 鳥のホルモンでピリ辛焼き料理を作っていたソラリスが、丁度使ったばかりの豆板醤の大瓶をルディに見せた。


「そう、それです」


 ルディはソラリスから豆板醤を奪うと、作ったすいとんの寸胴鍋にどぼどぼ投入。すると、透き通っていたスープが赤く染まった。


「うわ! スープが真っ赤に染まった」


 赤くなったスープにパトリシオが驚く。

 ルディがもう一度味見をして、頭を左右に振った。


「まだです。まだ足りぬです……」


 そう呟くと、今度は目に入った一味唐辛子の袋を掴んで鍋に投入。すると、赤かったスープがさらに赤く染まって、溶岩の様な色になった。


「ふふふ。これですよ。僕が求めていた味はこれです」


 ルディが味見をするなり不気味に笑う。その様子にマルティナたちの顔が引き攣った。

 最後に調味酒とみりんで味を調える。こうして、四川風激辛すいとんが完成した。




「何か凄い匂いがするな」


 激辛の匂いに誘われて、店長が厨房を覗きに来た。最初の犠牲者が現れたとも言う。


「店長、丁度良かったです。料理が完成したから、おすそ分けするですよ」

「いつも悪いな」

「今日は店の売り上げ落としてるから、申し訳ねーです」

「別に気にしてねえよ。たまの休暇と思ってるぜ」


 ルディは鍋からすいとんをよそって差し出すと、店長は真っ赤に染まったスープに驚いていた。


「こいつは……凄いな。それに匂いが刺激的というか、危険な感じがする」


 マルティナたちが見守る中、店長がスプーンで掬ったすいとんを口に含んだ。


「……⁉ み、水‼」


 辛さに慌てる店長にパトリシオが水を差しだすと、水を一気に飲み干した。


「そ、それでどんな味なんだ?」


 舌をだしてヒーヒー言っている店長に、マルティナが質問する。


「こ、これは……地獄の溶岩に焼かれる中で見つけた柔らかい安らぎ。それは……オッパイ。そう、これは地獄のオッパイだ!」


 感想を言った店長は「辛い! 辛い!」と言いながら、おっぱいを求めて食が止まらず、全部食べ切った。そして、汗びっしょりになった顔を腕で拭うと、大きなため息を吐く。


「ふーー。こいつはヤベえ……」


 相変わらず店長の食レポは意味不明だが、どうやら美味いらしい。と言う事で、マルティナたちも食べてみた。

 辛い、死ぬほど辛い‼ だけど、唯一辛くない柔らかなすいとんが、辛さから救って安らぎを感じる。確かにこれはオッパイだ!

 辛い、辛い。だけど、辛いだけじゃない!

 辛さに隠れて、鳥ガラと昆布の出汁が辛さに絡んで凄く美味い‼

 だから不思議と、この辛さが癖になる‼

 マルティナたちは、今まで店長の感想を冗談だと思っていたが、彼の言っている感想が事実だと知った。




 ルディが食堂に入ると、店に入りきれないほどの傭兵たちで食堂は溢れかえっていた。

 テーブル席は全て埋まり、座れない傭兵は寒い秋空の下、店の外で待っていた。


「お待たせしたです。料理が完成したですよ」


 それを聞いた傭兵たちが、一斉に歓声を上げた。


「やった。やっと地獄から抜け出せる!」

「神の料理人の作った飯が、とうとう食える‼」

「この日を、この日を長い間待っていた!」


 涙を流して歓喜する傭兵たちにルディがドン引き。

 彼らが落ち着いたところで、再び口を開いた。


「だけど一つだけ残念な事があるです。手伝え言っても手伝わなかった愚か者が1人居やがるです」


 ルディはそう言うと、いつの間にか宿に帰っていたスタンに向かって、ビシッと指をさした。


「ゲッ! ま、待ってくれ、用事があったんだ」

「そんなの知らねーです。僕、手伝わねーヤツ飯抜きだと言ったですよ。ちゅー事で、スタンさんは飯抜きの刑!」


 それを聞いた途端、傭兵たちが大声で笑いだして、スタンを冷やかし始めた。


「クッソざまぁ!」

「いつもテメエだけ食ってたんだ、逆になって地獄を味わえ!」

「バーカ、バーカ!」

「給料上げろ、ヘボ隊長!」


 途中からただの悪口に変わったが、傭兵たちは日ごろの鬱憤をスタンにぶつけていた。


「お前ら……」


 スタンは何か言い返そうにも言い返せず、がっくりと肩を落として、店長に自分の飯を注文していた。


「では配膳するです」


 こうして、ルディの作った激辛すいとんが、マルティナたちの手で全員に配られた。

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