第266話 戦争とは?

 クリスが正面を見ると、ルディはナオミから借りたスマートフォンを手にしていた。


『おや? 君は誰かな?』


 画面に映ったルディに、面識のないラインハルトが話し掛けた。


「師範のお兄さん、初めましてです。僕、奈落の魔女の弟子のルディです」


 そう言ってルディがペコリと頭を下げる。

 その自己紹介にラインハルトが微笑んだ。


『君がルディ君か。カールから色々話は聞いているよ』

「こんにちはです」

『こっちはまだ朝だけどね』

「朝?」


 ラインハルトの返答に、天文学に詳しくないクリスが首を傾げた。


「時差というヤツです。太陽、東から登って西に沈む。大陸の端と端だと、日の出の時間ちげ…違うです」

「ほう」


 ルディの説明にクリスが納得する。

 なお、ラインハルトは何度か真夜中にカールから電話が掛かってきて、時差について既に知っていた。


『ところでルディ君。今は重要な話をしている最中なのだが、当然私たちに伝えたい事があるんだろう?』


 ラインハルトの質問に、ルディが困惑の表情を浮かべた。


「えっとですね。ししょーから、話が長くなりそーだから、2人の悩みを解決しろと、無茶ぶりされたです」

『奈落の魔女は弟子の扱いが酷いな。それで私たちの悩みとは?』

「師範のお兄さんは、師範からもうカッサンドルフの攻略の話、聞いてるですか?」

『……いや、何も聞いてない。それと、ややこしいから私の事はラインハルトと呼びなさい』

「はいです」


 何で話してないんだろうとルディがカールを見れば、カールの目が笑っていた。

 どうやらカールは悪戯心を出して、子供のルディが説明する事で2人を驚かせようと企んだらしい。




 クリスはカッサンドルフの攻略と聞いて、瞬きするのも忘れて目が開きっぱなしになっていた。

 ローランド国に進軍したくてもあの要塞都市があるかぎり、こちらからの進軍は不可能。

 都市を攻めれば、周りの支城からの援軍に取り囲まれ、その間に周辺都市から援軍が来る。

 それにピースブリッジの問題もある。進軍しようとしても川を渡る前に橋を落とされたら進軍出来ない。

 最悪、川を渡った後で橋を破壊されて、帰る事が出来ずに全滅される可能性もあった。

 その難攻不落の要塞都市を落とすだと……?

 クリスは奈落の魔女の弟子というルディの話を、無理だと分かっていても聞きたくなった。


「ふむ。ルディとやら、そのカッサンドルフを落とすという話を聞かせてくれ」


 クリスに促されてルディが頷く。そして、丁寧な言葉遣いを考えながら話し始めた。


「えっとですね。レイングラード国とローランド国が戦争を始めると同時に、デッドフォレスト領から少人数で一気にカッサンドルフに向かうです……」


 それから途中で幾つか質問があったけど、ルディは最後まで作戦について説明した。




 ルディの作戦を聞いた、ラインハルトとクリスの反応は真逆だった。

 ラインハルトは話の途中から笑いを堪えて、終わると同時に腹を抱えて笑っていた。

 一方、クリスの方はスマートフォンをテーブルに置いて頭を抱えていた。


「こんな酷い博打は聞いた事ない。戦争を何だと思っているんだ」

「戦争とは力の政治です」


 その返答にラインハルトが笑いを収め、クリスはハッとして顔を上げた。


「戦争に正義も悪も関係ねーです。人間、力を持てば政治に利用する。それが戦争です」

『君は子供なのに、現実主義な考えを持っているんだな』

「頑張って歴史を勉強したです」


 ゲームで。


『なあ、ルディ君。戦争が終わったらこっちに来る気はないか? 歓迎するよ』

「いや、ラインハルト殿、待ってくれ。是非、ルディ君には私の側近になってもらいたい。子供でありながら、この様な大胆な作戦を思い付き、現実的に物事を見る事が出来る人材は貴重だ」


 2人のルディに対する株が上がって、本人を無視した奪い合いが始まりそうになる。


「僕、ししょーの弟子です。政治に興味ねーから、お誘いお断りするです」


 普通、一般人が王族から頼まれたら、逆らえずに命令に従うのが常識だった。

 だが、ルディは奈落の魔女の弟子という肩書を持っているため、彼女を敵に回したくない2人は仕方がないと諦めた。




『それでクリス殿、どうする? ルディ君の博打に乗るか、このまま緩やかな滅亡を待つか。2つに1つだ』

「…………」


 ラインハルトから話し掛けられて、クリスが思考に耽る。

 このままではハルビニア国も、近いうちにローランド国と戦争を始めるだろう。そして、その時は兵力差から確実に負ける。

 それなら、今のうちにルディの作戦に乗るのは一計だった。それに、カッサンドルフを落とせれば、騒がしい戦争反対派も封じ込める。

 もし、ルディの作戦が失敗したら。その時は、レインズを切り捨ててデッドフォレスト領をローランドに差し出す。そして、私は戦争の責任を取らされて退位されるだろう。


 だが、このままで良いのか? 答えは否!

 私はこの国の王になる。では王とは何だ? ただ子孫を作って税金で贅沢するだけの存在か? 断じて違う!

 王とは国と共に生きる者。それ故に、王は国のために戦う者!

 なら、国民の命を守るためなら、この命を賭けてみせよう。




 クリスは覚悟を決めて顔を上げる。その彼を全員が無言で返答を待った。


「レインズ、資金は国が出す。ルディ君の作戦を全面的に協力しろ。なんとしてもピースブリッジの監視塔だけは必ず押さえるんだ。カッサンドルフが落ちたら、国軍全員で攻め込む!」

「と言う事は?」


 レインズの質問に、クリスが頷いた。


「私が王位を継承した後、レイングラードと軍事同盟を結ぶ。ローランドの南は貰うぞ」

「「「おおっ!」」」


 クリスの発言にスマートフォンのラインハルトだけでなく、ソファーに座る全員が内心の喜びを露にする。

 こうして、レイングラード国とハルビニア国の軍事同盟が密約された。




 後世の歴史家は、この同盟は人類の歴史が変わった瞬間だと評価した。

 そして、その同盟に貢献したレインズ、カール、ナオミの3人を称賛したが、そこにルディの名前は刻まれなかった。

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