第267話 軍事同盟締結

 軍事同盟が決まって、ラインハルトが電話を切った後。

 カールは2枚の契約書をクリスの前に差し出した。

 その契約書には、既にラインハルトのサインが書かれており、後はクリスが署名をするだけだった。


「用意周到だな。だが、悪くない」


 クリスが苦笑いをしながら契約書の内容を確かめ、問題ないことを確認する。

 サインする時になって、近くにインクと羽ペンがない事に気付いた。

 普段なら近くに側近が居て用意する。だが、今は人払いしている最中なので誰も居なかった。


「クリス殿下。コレを使え…じゃなくて、使ってくださいです」


 レインズが筆記用具を用意しようと席を立ちあがる前に、ルディが胸からデザインの凝ったボールペンを出した。そして、身を乗り出してクリスの手前に置く。

 そのボールペンを見たナオミが心の中で「アチャー」と思う。何故なら、この惑星にはまだボールペンは存在せず、オーパーツな存在だった。


 ボールペンを手にしてクリスが首を傾げる。

 弄ってキャップを開けると、試しに自分の手の甲に書いてみた。

 そして、インクがないのにスラスラ文字が書けるペンに驚く。


「これは良いな。私も同じのが欲しい。手に入らないか?」


 クリスから話し掛けられて、ルディもボールペンがオーパーツだと気付いた。だが、後の祭りである。


「えっと、それをあげるです」


 王族に献上する品は新品が普通だが、貴族の常識を知らないルディはそれを知らず、自分のボールペンを献上した。

 その行動に、レインズとルイジアナが慌てる。だが、クリスは笑みを浮かべると、視線で2人を押さえた。


「うむ。素晴らしい品だ。大事にしよう」

「ありがとうございますです。だけど、数カ月で使えなくなるですから、後で替えの芯を送るです」

「そうか。君の名義の品は、直接私に届くようにしよう」


 その言葉に、レインズ、ルイジアナ、カールが驚く。

 一応、これは大変名誉な事なのだが、ルディはそれが普通だろと思っていた。

 クリスはルディに礼を行った後、改めて契約書にサインを書いた。

 片方をカールが受け取り、もう片方はそのままクリスが入手する。

 後は日時の調整やら領土の分譲など、細かい調整が残っているが、レイングラード国側はカールが、ハルビニア国側はルイジアナが調整官として話し合う事が決まった。




「もっと話したいところだが、そろそろ時間だ」


 そう言ってクリスが席を立つと、全員が立ち上がった。


「今日はありがとうございました」

「いや、礼を言うのは俺の方だ」


 礼を言うレインズにクリスが笑みを浮かべて、彼の肩に手を置いた。


「お前をデッドフォレストの領主に任命する時、このまま手元に置くべきか迷った。だが、結果的にお前はこの国を救う道を切り開いた。これはお前の人徳がなした功績だ、誇りに思うが良い。そして、掴んだ友人は大事にしろよ」

「ハッ!」


 レインズが深々と頭を下げる。

 クリスは頷いて部屋を出て行こうとするが、その前にルディとナオミの前で立ち止まって声を掛けた。


「これからもずっとレインズの友であり続けて欲しい。これは国からでなく、私一個人の願いだ」

「分かったです」

「ハルビニアが敵にならぬ限り、彼と子孫が悪政をしない限り、友で居続けよう」

「うむ」


 クリスは2人の返答に満足すると、部屋を出て行った。




 クリスが部屋を出て行った後、全員が疲れた様子でソファーに座った。


「いやー疲れたぜ」

「ご苦労様でした」


 カールが襟を緩めて肩の力を抜くと、ルイジアナがクスクスと笑った。


「師範でも疲れる時、あるですね」

「俺を化け物と一緒にするなよ。こういう場は苦手なんだ」

「ルディもご苦労だったな。まあ、言葉遣いは酷かったけど」


 ナオミの話に全員が笑い、ルディだけがほっぺをぷっくっと膨らませた。


「僕、昔からビジネス用語とか苦手です」


 全員、ビジネス用語が分からず首を傾げるが、ルディが変な言葉を使うのは何時もの事。ナオミ以外、ルディの出身地の言葉だと思う事にした。


「さて、私たちもそろそろ帰るとするか」

「そうだな。奈落、従者が来る前にまた隠蔽の魔法を掛けてくれ」

「さもあらん」


 ナオミが消音の魔法を消して、隠蔽の魔法で自分とルディの姿を隠す。

 そのすぐ後、扉をノックする音がして、従者と女中が部屋に入ってきた。


「お疲れさまでした。お食事はどうなさいますか?」


 王城では来城者の用事が済んだ後、食事のサービスが用意されていた。

 これは権力の誇示も含まれており、高級な料理が食べられる。大抵の来城者は、ありがたく食事を頼むのが普通だった。

 だが、ここに居る全員、高級なだけでそれほど美味しくなく、栄養バランスの悪い料理よりも、帰ってルディのご飯を食べたいと考えていた。

 それに、従者はナオミとルディが居る事を認識していない。料理を出されても2人はお預けだ。


 レインズが従者の誘いを断ると、彼は珍しい客だと思いつつ、彼らの食事が丸々下賜されると心の中で喜んだ。


 レインズたちが従者の案内で王城を出る。

 彼らは既に待っていたハクが御者の馬車に乗ると、再びお尻をスパンキングされながら白鷺亭へと帰った。

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