第264話 クリス王太子との会談

「クリス殿下、久しぶりです」


 抱きしめられたレインズが苦笑いを浮かべると、クリスは彼の両肩を肩を掴んで笑った。


「領地の事はルイジアナの報告書で聞いている。よくやり遂げた! それと設計書も読んだぞ。あれは凄いな。確か、奈落の魔女の女中……ソラリスと言ったかな? 上手い事、良い人材を手に入れたな!」


 その奈落の魔女が同席しているが、今は彼女の魔法で存在を消しているため、彼は気づいていなかった。

 クリスが上座に座ると、それを待っていた女中が、彼の前に紅茶を差し出して、全員が座った。




 席の並びは、上座の一人席にクリスが座り、左にレインズ、右にカール。ルイジアナはレインズの隣、ナオミはカールの隣に、ルディは玄関に一番近い下座に座っていた。


「ルイジアナもご苦労。確か、エルフの里へ行くと言っていたが、途中で戻ってきたのか?」


 クリスは紅茶を一口飲むと、ルイジアナに話し掛けた。


「はい。途中でこの国……いえ、この大陸の重要な問題に関わったので、急いで戻りました」


 ルイジアナが予め考えていた設定を口にする。

 さすがに輸送機で空を飛び、半年掛かる距離を一晩で移動して戻ってきたとは言えないし、クリスも信じないだろう。ルイジアナはルディとナオミの3人で話し合って、事前に設定を決めていた。


「重要な問題?」


 ルイジアナの話にクリスが首を傾げると、今度はレインズが口を開いた。


「その話の前に、彼を紹介させてください」

「おお、そうだったな。ずっと誰だか気になっていたんだ」


 ローランド国の密偵、戦争反対派からの妨害を回避するため、ルイジアナが事前に提出した登城目的には、レインズとの面会しか書いていなかった。

 それ故、クリスは2人以外に面会者が居るとは思っておらず、部屋に入った時から、カールの正体が気になっていた。

 

「彼の名前はカール。黒剣のカールと言えばお分かりでしょうか?」


 レインズの紹介に、カールが頭を下げる。

 クリスも冒険者として高名な黒剣のカールの事は知っており、その二つ名を聞いて驚いた。


「おお、そなたが黒剣か!」

「お初にお目に掛かります。ご紹介に預かりましたカールでございます。以後お見知りおきを」

「そう堅苦しくしなくてよい。そなたの噂は大陸の反対側の我が国でも耳にしている」

「ありがとうございます」


 カールが笑みを浮かべてもう一度頭を下げた。


「それで、クリス殿下。ここから先は人払いをお願いします」

「……分かった」


 クリスは何事かと訝しんだが、それでも子供の頃からの親友でもあるレインズを信じた。そして、部屋で控えている側近に視線を送り、退室を促すと、彼らと女中は命令に従って部屋の外に出た。


「これで良いか?」

「ありがとうございます。では、もう2人ほど紹介します。奈落様、魔法を解いてください」

「分かった」

「奈落だと? まさか、奈落の魔女が居るのか⁉」


 突然、見知らぬ女性の声が聞こえて、クリスが部屋を見回す。

 ナオミが隠蔽の魔法を解いた途端、クリスの目にもソファーに座るナオミとルディが見えた。


「初めましてクリス殿下。私が奈落の魔女だよ。そして、コイツは私の弟子のルディだ」


 ナオミはクリスに自己紹介すると、身分の差など気にせずニヤリと笑った。




 突然現れたナオミにクリスが息を飲む。

 ローランド国の災害。たった1人で大軍を壊滅させた魔女。

 火傷を負った醜女と聞いているが、本人を目の前にして、それは嘘だと知った。

 燃えるような赤い髪、顔に火傷はなく、眼光の鋭い美しい顔。

 奇抜な服を着ているが気品は損なっておらず、逆に彼女には似合っている服だと思った。


「どうやら驚かせすぎたかな? 安心しな。別に利用されたからって、殺しに来たわけじゃないよ」


 レインズの領主交代劇の際、クリスに利用された事をナオミが冗談でチクリと言う。

 クリスは返答せずに口を押さえていたが、次第に我慢が出来ず、声を出して笑いだした。


「くっくっくっくっ。はは、あはははははっ。これは驚いた。まさか、奈落の魔女と会えるとは思いもしなかったぞ」

「別に私は見世物じゃないよ」

「これは女性に対して失礼だったな。とりあえず、レインズに協力して頂き感謝する」

「それは私じゃなくて、弟子に言いな。コイツが乗り気だったから、私も協力しただけだよ」

「そうか。確かルディ君と言ったな。ありがとう」

「どーいたしましてです」


 ルディがクリスに頭を下げる。

 彼は言葉遣いが滅茶苦茶なので、必要最低限以外は喋るなと言われていた。




「だが、奈落の魔女が居るという事は、話はローランド絡みだな」

「お察しの通りです」


 クリスの話にレインズが頷く。


「おっと、ここから先は秘密の話だから、膜を張るよ」


 ナオミはそう言うと、右手を上げて魔法を詠唱する。すると、ソファーを囲んだ防音の膜が張られた。


「今の魔法は?」

「防音の魔法だよ。膜の外へ声が聞こえなくなるのさ」

「それは便利だな……」


 ナオミの説明に、その魔法を一番必要とするクリスが感心する。

 そして、準備が整ったところで、レインズが本題を話し始めた。


「では、今回登城した目的を話します」


 レインズはそう言うと、改めてカールを紹介した。


「彼は黒剣のカールとして有名ですが、実は大陸の西側小国群にあるレイングラード国の王弟、カール・レイングラードです」

「……何⁉」

「そして、彼がこの国に来たのは、我が国とレイングラードとの間で軍事同盟を結ぶのが目的です」

「……は?」


 突然舞い込んだ予想外の話に、クリスは外見を忘れて口をあんぐり開けた。

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