第263話 ロックンロールな馬車

 ルディたちを乗せた馬車がゆっくりと王城へ進む。

 揺れる馬車の中では、ルディが辛そうに顔をしかめていた。


「ししょー。ケツ痛てーです」

「舌を噛むぞ」


 ナオミが肩を竦めて言葉少な目に注意する。

 馬車が揺れるのは、車輪が木製である事、サスペンションがない事、地面が石畳など、複数の要素が組み合わさっていた。

 宇宙では車もオートバイも反重力装置で宙に浮く。ルディは車輪のついた乗り物が、こんなに揺れるとは思っていなかった。


 白鷺亭を出発して40分。スパンキングでルディのお尻が限界が近づいた頃。ようやく馬車は王城に到着した。


 ルディが馬車から顔を出して城を見上げて口をポカーンと開ける。

 以前、レインズから城について少しだけ聞いた事があった。その時は4階建ての建築物だと聞いて、王様が住むには小さい城だと思っていた。

 だけど、こうして近くで見上げると、10階建てのビルと同じぐらいの高さがあった。おそらく、各フロアの天井が高いのだろう。

 城は石造りで、威風堂々たる風格があった。城の左右には高い塔が建っており、シンメトリーの構造が美しい。

 この城が鉄筋コンクリートで作られているのならまだ分かる。だけど、石を積み上げただけで作っているのなら、この城を設計した人は相当な頭脳の持ち主だと思った。




 御者のハクが門兵に書類を提出して、幾つかやり取りをした後、再び馬車が動きだした。

 場内に入ると先ほどまでの振動は薄れて、ようやく皆も口を開いた。


「慣れねえ馬車はケツが痛てえぜ」

「やっぱり師範もケツ痛かったですか?」


 呟くカールにルディが話し掛ける。周りを見れば、全員がお尻を気にしていた。


「当たり前だろ。こんな乗り心地の悪い馬車なんて、久しぶりに乗ったぜ」


 カールの家族が乗っている馬車は、長距離の移動でも耐えられる様に、椅子に柔らかいクッションを入れたシートを付けて振動を抑えていた。


「申し訳ない。車借屋に残っていたのが、これしかなかったんだ」


 レインズがこめかみを掻いて皆に謝る。

 なお、貴族が登城する場合は馬車で来なければならず、歩いて城に来るなんて論外だった。


「まあ、もっと酷い馬車にも乗った事あるから気にするな」


 ナオミの話にルディが質問する。


「これ以上酷い馬車なんてあるですか?」

「囚人輸送用なんて最低だぞ」


 その返答に、全員が驚いてナオミに振り向いた。


「それに乗った事がある、ししょーの前科が知りてーです」

「残念だけど、私は御者として乗ったから前科なんてないよ」

「確かにししょーだったら、魔法で馬車破壊して逃げそうですね」

「否定はしない」


 ルディの冗談にナオミが頷いた。




 馬車が城の玄関に到着して全員が降りる。


「では、ご武運をお祈りします」


 別に戦いに行くわけではないのだが、ハクがそう言って去った。

 彼は馬車を厩舎へ移動させて、帰るときまで待機する。


 案内の従者が来るまでの間に、ナオミが魔法を詠唱して自分とルディに隠蔽の魔法を掛ける。

 2人の気配が薄れて、カールたちでも意識しないと、2人を忘れそうになった。


「相変わらず、えげつない魔法だな」

「誉め言葉と受け取っておこう」


 カールの皮肉に、ナオミが不敵な笑みを浮かべて言い返す。


「世間一般では、幻術系の魔法はあまり役に立たないと言いますが、ナオミ様の魔法を見ていると、その常識が覆りますね」


 ルイジアナが話していると、案内係の従者が現れたので口を噤んだ。

 従者は40歳を過ぎたぐらいの男性で、ベテランの雰囲気を携えていた。

 来賓の格で担当する従者が変わる。身分が低かったら新人を宛がうが、身分が高ければ熟練者が担当する。

 レインズは子爵なので身分は低い方だが、王太子は身分に関係なく子供の頃から一緒だったレインズを、丁寧にもてなそうと熟練者を宛がった。




 従者が自己紹介をして恭しく頭を下げた後、ルイジアナが来城許可書の書類を渡す。その書類を見た従者が首を傾げた。


「来城者が5人になっておりますが、残りの2名はどうなさいました?」


 従者はナオミの魔法で彼女とルディを認識できず、この場に3人しか居ないと勘違いしていた。


「2人は長旅で体調を壊して、来れなくなりました」


 移動が過酷な時代では、長旅で体調を壊すのはよくある事。

 従者はルイジアナの嘘に納得すると、彼らを案内した。


 ルディはお城と言うからには、きっと豪華な内装だと思っていた。

 だが、城の大広間に入っても目に付くのは、壁のタペストリーと大きなシャンデリアぐらいで、豪華な家財道具は見当たらなかった。


 これは別に予算不足ではなく、人の出入りが激しい盗難防止のためだった。

 監視カメラがない時代。高価な物を置いていたら、例え厳重な城内でも盗まれる。そこで、普段は質素にして、城内でパーティを開催するときは、倉庫から高価な家財道具を運んで飾るようにしていた。

 そして、常に置く必要のある高価な物は貴賓室に置き、客の格に合わせていた。




 ルディたちは従者の案内で2階に上がり、貴賓室の中に入る。

 部屋は10人以上がリラックスできるソファーが中央にあり、先ほどまでの大広間と異なって、豪華な家具がさりげなく置かれていた。

 これだけ見ても、王太子の歓迎具合が相当なものだと分かる。


「それではクリス殿下をお呼びしますので、しばらくお待ちくださいませ」


 従者はレインズたちから武器を預かると頭を下げて部屋を出ていき、彼と入れ替わりに、メイド服を着た若い女中が部屋に入ってきた。

 彼女が持ってきたティーセットで紅茶を入れる。だが、彼女もナオミの魔法で2人を認識できず、ソファーに座ったレインズとカールとルイジアナの前にだけ、装飾された銀の盃を静かに置いた。

 それに、全員が苦笑い。

 メイドは自分が笑われた意味が分からず、首を傾げていた。


 暫く待っていると扉が開いて、豪華な服を着た男性が入ってきた。


「レインズ、久しぶりだな!」


 入って来るなり、慌てて立ち上がったレインズを抱きしめる。

 彼こそがハルビニア国次期国王、クリス・ハルビニアだった。

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