第262話 堅苦しいしきたり
登城する日の朝。
ルディは白鷺亭の客室で、ハルとソラリスが作成した服に着替えた。
着替えた服装は以前ハルたちと話し合った通り、濃いめのブラウンカラーで統一した、ロココ調にネクタイを締めた衣装だった。
「なかなか様になってるじゃん」
着替えを見ていた同室のションが褒めると、ルディが顔をしかめた。
「そーですか? 何か首の辺りが苦しーです」
「そのネクタイとやらを緩めろよ」
「緩めたら緩めたで、首元乱れるから駄目なんです」
ルディは言い返すと、用意していた黒のカラーコンタクトを目に嵌めた。
「それは何だ?」
ルディの瞳が黒に変わったのを見て、今度はドミニクが質問してきた。
「カラーコンタクトです。これ付けると眼球、黒に見えるです」
「目に直接つけるのか? 怖くて俺には無理だな」
知らない人間からしてみたら、直接目に付けるコンタクトレンズは恐ろしい物に見えた。
「慣れの問題です」
なお、宇宙では視力が弱くなっても簡単に治療できるため、コンタクトレンズはおしゃれ専用になっており、ルディも着けるのが初めてだった。
最後にルディがナオミから教わった魔法を詠唱する。
すると、ルディの髪の毛が銀色から黒に変わった。
「凄い! 全くの別人に見えるよ」
「鏡がねーから、どーなったのか分からねーです」
褒めるフランツにルディが肩を竦める。
この惑星では鏡はまだ手作業で作成されているので、高価な物だった。
宿屋の客室になんて置いたら盗まれるため、桶に水を張って姿を見るしか方法がない。
「奈落様の変化系の魔法を教えてもらえるなんて、ルディ君は恵まれてるよ」
「そーですね。僕、ししょーと出会えたの幸運だと思うです。と、そろそろ時間だから、行ってくるです」
「行ってらっしゃい」
カールの息子たちに見送られて、ルディは客室から出た。
ルディが食堂に行くと、レインズとハクがルディを見るなり驚き、ナオミはやっぱりそうなったかとニヤニヤ笑っていた。
「……事前に確認するべきだった」
レインズが手で顔を覆って呟く。どうやら何かやらかしたらしいが、ルディは何が悪かったのかさっぱり分からなかった。
「ルディ君。その服はどこで手に入れたんだ?」
「自分で用意したですけど……駄目でした?」
ルディの質問にレインズがため息を吐いた。
「色が鮮やかすぎる……」
意味が分からずルディが首を傾げていると、ハクが説明してくれた。
この惑星では、まだ染色の技術が発展しておらず、下級貴族が登城する時の色は茶色と言っても黄土色。
ルディが着ている濃いブラウンの布は、誰も見た事が無かった。
では、何故誰も指摘しなかったのか?
まず、カールの息子たちは、ハルビニア国の登城するときの服装について知らなかった。
ニーナも同じで、彼女が知っているレイングラード国の知識では、それどほ服の色に拘りがなかった。所謂、お国柄の違いというやつである。
ルイジアナと言うよりもエルフは、人間社会の貴族の服に興味がなく、彼女は珍しい色だとは思ったが、特に問題があるとは思わなかった。
最後にナオミは、色を見た時からやらかしたなと思ったが、レインズが困る様子が見たかったから放置した。
以上の結果から、レインズとハクが頭を抱える結果になった。
レインズの困っていると、2階からニーナとカールが食堂に現れた。
「まあ、ルディ君。よく似合ってるわ!」
ニーナはルディを見るなり歓声を上げて、褒め称えた。
「ありがとうです。でも、この色アウトらしーですよ」
「え? 何で?」
「色が濃すぎるらしいです」
首を傾げるニーナにルディが簡単に説明すると、彼女は直ぐにお国柄の違いだと理解した。
「なるほどね。レイングラードと違ってハルビニアは大国だから、しきたりが堅苦しいのね」
「そーみたいです」
「でも、それだったら、カールなんてもっとアウトよ」
そのカールが着ているのは、真っ黒の生地に白い縁取りがある貴族服だった。
「師範、これから葬式に参加するですか?」
ルディの冗談にカールが苦笑いを浮かべる。
「兄貴がくれる服がこれしかねえんだ」
「ラインハルト様は自分の弟が有名人だからって、黒剣の二つ名に合わせた黒い服を用意したのよ」
「でも似合ってるですよ。逆に違う色着ていたらキメエです」
「まあ、俺も派手なのは嫌いだらこの色で良いと思ったけど、問題だったか?」
カールがレインズに尋ねると、彼は頭を左右に振った。
「カール殿は貴賓なので問題ないでしょう」
その返答にカールが安堵する。
「……やっぱり、僕、行くのやめた方が良いですか?」
ルディからしてみれば、別に城へ行く必要はないと思っていたから、行けないならそれでも構わなかった。
「隠蔽の魔法を掛ければ良いだけの話だから、問題ないよ」
レインズが悩んでいると、彼の困った様子に笑っていたナオミが口を開いた。
「隠蔽? 姿を消すんですか?」
レインズの質問にナオミが頭を左右に振る。
「いや、目の前にある物を認識させない魔法だ。騒がなければ、見知らぬ相手だったら石ころぐらいの認識しか持たない」
その魔法が使えれば、敵に見つからず奥深くまで侵入出来るし、何も隠れる場所がない所でも姿を隠せる。
説明を聞いたレインズとハクが、魔法の利便性にぞっとした。
「ではルディ君にその魔法を?」
「それと私にもな」
クロークで隠しているけど、ナオミが着ている服は目立つ。
彼女は最初から、自分とルディに隠蔽の魔法を掛けて登城するつもりだった。
「それなら問題ないでしょう……たぶん」
ナオミの話に確信はないけどレインズが頷く。
そもそも、場にそぐわない服装で文句を言ってくるのは、下級貴族ぐらい。
上級貴族になると、身分の違いが分かっているので肩を竦めるぐらいで済む。その代わりに友好度が下がるけど、レインズは国政に関わるつもりがないので、どうでも良かった。
「レインズ様、そろそろ時間ですぞ」
ハクに促されて全員が立ち上がる。
登城するメンバーはルディ、ナオミ、レインズ、カール、ルイジアナ、それと護衛にハクの合わせて6人。
車借屋から借りた馬車の御者席にハクが乗り、彼らは王城に向かって出発した。
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