第261話 幸せを呼ぶギター

 ルディとソラリスが楽屋に入ると、アブリルが笑顔になって2人に抱きついてきた。


「ルディ先生、ソラリス先生! ありがとう!」

「メス臭せーから離しやがれです」


 アブリルのおっぱいに顔が埋まったルディが、強引に引き剥がす。

 色気に誘惑されないルディに、楽団の全員が苦笑いを浮かべた。


「ねえ、私、上手く踊れた?」


 アブリルが尋ねると、ルディが頷いた。


「とても情熱的で良かったです。カルロスのギターも、教えるところねーぐらい上達しやがったです」

「ルディ先生、ありがとう」


 合格点を貰ったカルロスが笑みを浮かべて、ルディに礼を言った。


「ソラリスも何か言いやがれです」


 ルディに促されてソラリスが口を開いた。


「……では。アブリル様。何か所か、音を鳴らすのが早い所がありました。ご注意ください」

「……すみません」


 ソラリスの指摘に、明るかった空気が一変してアブリルが落ち込む。

 ルディが「空気を読め、この石頭」と注意しようとする前に、珍しくソラリスが笑みを浮かべた。


「だけど、それ以外はとても素晴らしかったです。一教師として、大変嬉しゅうございます」


 それを聞いた途端、アブリルの感情が高ぶり、涙を流してソラリスに抱きついた。


「…先生……ありがとう!」

「よく頑張ったですね」


 アブリルをソラリスが優しく包み込む。

 それは「なんでもお任せ春子さん」の仕様ではなく、ソラリス自身の気持ちだった。




「合格だったから、僕のギター、お前らにやるです」


 ルディの話に、楽団の団長が頭を下げた。


「その、何とお礼を言って良いか……楽団を代表してお礼を申し上げます」

「気にするなです。僕もソラリスも教えるの楽しかったですよ。な?」


 ルディがソラリスに視線を向ける。

 ソラリスは無表情のまま頷いたけど、誰がどう見ても楽しそうには見えなかった。


「……はぁ。そこは演技でも笑いやがれです」

「仕様でございます」


 その言い返しに、ルディが呆れて両肩を竦めて頭を左右に振った。

 その2人のやり取りに皆が笑った。


「まあ、コイツの仕様はどうでも良いです。ソラリス、例のあれを出しやがれです」

「分かりました」


 ルディに言われてソラリスが床に置いていた鞄から、何枚もの羊皮紙を取り出した。


「お受け取り下さい」


 楽団の団長が渡された羊皮紙を見るなり、大きく目を見開いた。


「こ、これは……」


 皮用紙を持つ団長の手が震える。

 彼が見ているのは、フラメンコの楽譜だった。


 ハルがこの惑星の文明を調査したところ、この惑星にも楽譜が存在していた。

 おそらく、この惑星に不時着したビアンカ・フレアの搭乗員の誰かが残した遺品だと思われる。

 だが、電子楽器がなくなりアコースティック楽器になった事、紙が貴重な事、楽譜を読める人間が少なくなった事など、幾つかの問題が重なって楽譜は貴重な物となり、多くが秘匿されていた。


 ルディは1曲だけでは今後アブリルとカルロスが困るだろうと、いくつかのフラメンコの楽譜をわざわざ羊皮紙に記述して提供した。

 楽団の団員も何人かは楽譜を読める。だが、高価な楽譜は滅多に手にすることが出来ず、ルディが渡した楽譜は、楽団にとって価千金の価値があった。


「こんな貴重な物を貰っては……そうだ、お金! 借金してでもお支払いします」

「金なんていらねーです」


 お金は何時でも偽造できるから、全く困っていない。


「ですが……」

「団長さん。お金よりもフラメンコを流行らせて欲しいでーす。それ僕の望みよ」

「分かりました。必ず流行らせてみせましょう」


 そう言うと、団長は胸を叩いて約束した。




「では疲れてるだろうから、僕失礼するです」

「ルディ。レインズ様からの言付けを忘れています」


 ルディが立ち去ろうとするのを、ソラリスが止めた。


「ああ、そーでした。団長さん、団長さん」

「何かね?」

「デッドフォレスト領の領主のレインズさんが、パトロンになりたがってるです」

「それは本当かい⁉」


 ルディの話に、団長だけでなくこの場に居る全員が驚いた。

 芸術家にとって、お金を融資してくれるパトロンを手に入れるのは、大変名誉な事。楽団が旅を続ける目的も、各地を回ってパトロンを手に入れるのが理由だった。


「嘘、言わねーです。レインズさん、アブリルさんが頑張ってる姿に感銘受けたらしーですよ。さっき、僕に相談持ちかけたです」


 レス・マルヤーの楽団もここへ来る前にデッドフォレスト領へ立ち寄った。その時、団長はこの領地が大きく発展すると思っていた。

 その領主がこの楽団のパトロンになってくれる? こんなチャンスは二度とない。

 団長がパトロンの話にお願いしようと頭を下げようとする。だけど、まだルディには話の続きがあった。


「だけど、このままここでフラメンコ踊ってたら、もっと金持ちの貴族がパトロンに名乗りあげると、僕思うです」


 確かにルディの言う通り、アブリルの踊ったフラメンコは素晴らしい。今日が初公開だからまだ知名度は低いが、おそらく数カ月もしない内に別の貴族がパトロンに名乗りを上げる可能性はあった。


「だから、僕考えたです。もし、レインズさんのパトロンになったら、僕が楽器を提供してやるです」

「楽器? もしかして、もう1本ギターをくれるのかい?」


 団長の質問にルディが頭を左右に振った。


「ギターだけでねーです。バイオリンとかチェロとかですけど、知ってるですか?」

「バイオリン⁉ チェロだって⁉」


 楽器の名前に団長が驚く。彼もバイオリンとチェロの名前だけは知っていた。

 遥か昔に存在していたが、今は失われて何処にもないと聞く。

 だが、その音色は美しく、素晴らしいという話だけは伝わっていた。


「そ、それが本当にあ、あるなら、是非ともお願いします!」


 音楽を愛する団長は、金持ちのパトロンを手にするよりも、幻の楽器を手に入れる事を選択した。


「分かったです。レインズさんに伝えるです。と言うか、店で酒飲んでるから、後で会いに来やがれです」


 ルディは団長に微笑むと、「バイバーイ」と言って楽屋から出て行った。




「なあ、彼は一体何者なんだ?」


 ルディが出て行った後、団長は茫然としていたアブリルに話し掛けた。


「えっと……戦う料理人?」


 アブリルとカルロスは、ルディから奈落の魔女の弟子だと言う事を口留めされていたので、前に聞いたルディの職業を言った。


「なんじゃそりゃ。だけど、どうやら俺たちに幸運が舞い込んだぞ。これから大変だけど、皆頑張ろう!」


 団長の掛け声に、団員たちが頷く。

 彼らの顔は希望に満ちていた。




 たった1本のギター。それが呼び起こした奇跡。

 後にルディのギターは幸せを呼ぶギターと呼ばれ、それを手にした者は幸運が舞い降りると言われるようになった。

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