第260話 情熱のフラメンコ
ステージの袖でアブリルが目を瞑って、激しく鼓動する心臓を押さえる。隣に居るカルロスも、緊張で体が震えていた。
練習から1週間。ルディが明日から忙しくなるという事で、私とカルロスは、教わったフラメンコをステージで公開する事になった。
ルディはステージと観客の結果次第で、ギターをあげるか判断すると言っていたけど、私はもう、そんな事どうでも良かった。
私とカルロスは団長にお願いして、ステージのローテーションから外してもらった。皆には迷惑を掛けたと思う。
おかげで朝から晩まで練習に身が入り、私は教師のソラリス先生から合格点を貰った。
ルディから教わっていたカルロスも、奏でるギターの音色から哀愁を感じるぐらい上達した。
苦しいとき、練習を見学していた傭兵の人たちや、ルディの仲間たちから励まされて、挫けそうになる心を奮い立たせた。
今日出発するとき、皆が応援に来ると言ってくれた。恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。
ソラリス先生からは、お祝いにステージ衣装とカスタネットを貰った。
体にフィットした黒いロングドレスは大人びていて、曲に相応しい衣装だと思った。
私がお礼を言ったら、先生は何時もみたいに表情を変えず「どういたしまして」と言っていたけど、どこかしら照れている様子だった。
ルディからは「今までの生きざまを見せやがれです」と、アドバイスをもらった。
私はその言葉を心に刻む。そう、私は皆に踊りを見せるんじゃない、燃え滾る魂を皆に見せるんだ!
私とカルロスがステージに上がる。
エールを飲みにきた客は、ステージに上がった私たちに気付かず、談笑していた。
今から全員を振り向かせてみせよう。
これが生まれ変わった私のフラメンコ。その情熱をしかと見よ!!
ステージに上がったカルロスのギターから、技巧的な演奏が流れる。
曲はルディから指名された、課題曲のアストゥリアス。
さきほどまでの明るい演奏が一変。静かな演奏に変わって一部の客が、興味を持ってステージを見た。
私は天を仰ぎ両手を掲げる。
ゆっくりと体を回し、弧を描く様に両手を動かした。
カン!
踊りながら、手の中のカスタネットを鳴らす。
カン!
もう一度鳴らす。
カカカン、カカン! カカカン、カカン!
ギターの音が次第に高まり、私もそれに合わせてカスタネットを激しく叩いた。
タン!
カスタネットだけでは物足りず、タップを踏んで床を鳴らす。
タン! タン!
何度も床を踏み鳴らす。
私の両手両足を使ったリズムに合わせて、カルロスのギターが激しくなった。
私は踊る。ギターに合わせてゆっくりと。
仰け反り、体が引き千切れるぐらい体を捩じる。
両腕を激しく動かし、舞台を回る。
私の踊りとカルロスのギターが、伝説の始まりを告げた。
曲の中間部に入ると、カルロスのギターが途切れて高音が流れた。
大胆な曲の変化と同時に両腕を掲げてからゆっくり降ろす。
足を広げて腰に手をやり、仰け反りながらもう片方の手で弧を描く。
繊細で幽玄な旋律に合わせて、静と動を組み合わした踊りを舞い始めた。
一切の音を立てずに激しく踊ると思いきや、無理な体勢のまま動きを止める。
一切の感情を顔に出さず、体は指先から足元、その全てを使って体で感情を表現した。
再び第一部が回帰されてクライマックスに入る。ギターから技巧的な演奏が流れ、私もカスタネットを叩き、舞台を踏み鳴らした。
今度は踊るだけじゃない。タップを鳴らしながら舞台を歩き、踊りながらカスタネットを激しく叩く。
次第に息が切れ、全身汗塗れになる。それを顔に出さず歯を食いしばって情熱的に踊り続けた。
初めてフラメンコを観る人達は、この踊りをどう思うだろう。
もしかしたら、変な女だと思うかもしれない。はたまた、気持ち悪いと思うかもしれない。
それでも私は踊り続ける、高く舞い踊る。
何故なら、それが私が決めた生き方。
この情熱は、誰にも消せない!
カルロスのギターから二つの和音が鳴って演奏が終結した。
演奏が終わると、踊り疲れた私の体は頭の先から足元まで汗が噴き出ていた。
演奏に集中していたカルロスも疲れた様子で、私を見てご苦労さんと目で語る。
ステージから観客を見れば、全員が静まり返って唖然とした表情で私を見ていた。
観客に向かって私が微笑むと、誰かが拍手を鳴らした。
その拍手に合わせて、別の誰かが手を叩く。
その数が次第に増え始め、最後には全員が席から立ち上がって、溢れんばかりの拍手と歓声の洪水が押し寄せた。
「凄かったぞ!」
「何だこりゃ、体の震えが止まらねえ‼」
「私もよ! 鳥肌が立ってるわ‼」
「アンコール!」
「「「アンコール! アンコール! アンコール!」」」
色々な歓声の後にアンコールの声援が沸く、舞台に向かって沢山のお捻りが飛ぶ。それを団員たちが慌てて回収していた。
私とカルロスは見合わせて笑うと、観客に頭を下げてステージを下りた。
アブリルとカルロスが楽屋に戻ると、団長が2人を出迎えた。
「お前たち、凄かったぞ。あれは一体なんて踊りだ?」
「フラメンコよ」
アブリルの返答に、団長は何度も頷くと口を開いた。
「よし、決めた! これからはフラメンコをメインにしたステージを作ろう。そうすれば、この楽団は何処よりも人気になるぞぉ‼」
団長の話に団員たちが頷く。
彼らもアブリルのフラメンコに魅了されていた。
「ちょいと失礼するでやんす」
団員たちがアブリルとカルロスをたたえていると、ルディとソラリスが楽屋に入ってきた。
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