第259話 ゴブリンの友情
アイリンの両手が音を鳴らして射撃モードに切り替わる。
だが、狙いを定める前にアリゲーターが口を開けて、彼女に襲い掛かった。
噛みつかれる寸前、アイリンが足を蹴り上げた。
ドゴッ‼
下あごを蹴られたアリゲーターの頭が跳ね上がり、その一撃でアリゲーターが脳震盪を起こした。
アイリンが両手を構える。銃口から光の弾丸が放たれると、動けないアリゲーターの頭を撃ち抜いた。
「……生命の停止を確認……駆除完了」
静かな湖畔にアイリンの声だけが響く。
ゴブリンたちは、たった数秒でアリゲーターが死んだ事実が理解できなかった。
だけど、これだけは分かる……コイツ、ヤベェ……。
アイリンは両手を元に戻すと、振り向いてゴブリン一郎に微笑んだ。
だけど彼女の目は笑っていない。その笑みにゴブリンたちの背筋が凍った。
「一郎君。無事でしたか?」
アイリンの問いかけにゴブリン一郎が何度も頷く。
自分があれだけ苦労した同じ敵を一瞬で殺したアイリンに、おしっこが漏れそうだった。
「お、お前、アイツの言葉分かるのか?」
アイリンに頷くゴブリン一郎に気付いて、ゴブリンの1人が話し掛けてきた。
「分かる」
「だったら、命乞いをしてくれ!」
「安心しろ、あの人は俺の仲間だ」
「……マジ? キ、キサマ! あんな化け物と仲が良いのか?」
「仲が良いかと言われると、何となく違う気がする」
アイリンはルディの命令でゴブリン一郎の面倒を見ているだけで、親しい関係かというと少し違う。それはゴブリン一郎も薄々感づいていた。
そのアイリンが何故ゴブリン一郎の危機に気付いたかというと、監視衛星でゴブリン一郎の危機を知ったハルからの緊急連絡に、慌てて駆け付けたからだった。
「一郎君。この方たちは?」
アイリンに見られて、ゴブリンたちの背すじがビクッと伸びる。
そのせいで、しょっていたゴブリン一郎が地面に落ちた。
彼女の目は一郎に向けている時と異なり、冷たい眼光だった。
地面に投げ出されたゴブリン一郎が起き上がって、手話で味方だと伝える。だが、覚えたての手話は「味方」を「友達」と間違って伝えた。
「あら? お友達?」
友達だと知って、アイリンの目が柔らかくなって微笑む。
ゴブリン一郎は何となく違う気がしたけど、殺気が消えたから、まあいいかと頷いた。
「一郎君はずっと一人だったから心配していたけど、安心しました。それで、何をして遊んでいたのですか?」
遊ぶ……命がけで戦ったのに遊んでいると勘違いされて、ゴブリン一郎に一瞬殺意が浮かんだ。
だけど、アイリンがおっかないから怒らずに、釣りをしていたらアリゲーターに襲われた事を説明する。
「なるほど、理解しました。私はアリゲーターを解体して、お友達のお肉を用意します。その間、一郎君は途中だったお魚を焼いて、皆と食べてください」
ゴブリン一郎がアイリンの話をゴブリンたちに伝える。
すると、彼らは喜んで踊り始めた。
「あらあら。楽しいお友達ですね」
嬉しそうに踊るゴブリンに、アイリンが微笑んだ。
魚を塩焼きにしてたべたら、ゴブリンたちが感動で涙を流した。
彼らの姿に、ゴブリン一郎が貧しい暮らしを思い出して思考に耽る。
ゴブリンは弱い。だけど、本当にこのまま弱いままで良いのか?
俺はゴブリンだけど強くなった。だったら、こいつ等も鍛えれば強くなるんじゃないか?
ゴブリン一郎が考えていると、アリゲーターの解体を終わらせたアイリンが戻ってきた。
「一郎君。彼らにお肉を持って帰るよう、伝えてください」
ゴブリン一郎が頷く。そして、アイリンに3人のゴブリンたちも鍛えて欲しいとお願いした。
「残念ですが、お断りします」
その相談にアイリンが頭を横に振る。
彼女が受けた命令は、ゴブリン一郎の教育と生活のサポートのみ。それ以外の命令はAIの仕様上無理だった。
だが、彼女はゴブリン一郎が友達を助けたいという気持ちを理解していた。そこで、落ち込んでいるゴブリン一郎に一計を提示する。
「私は仕様上、直接彼らを教えられません。ですが、一郎君が友達に教える事は規制されていないので、ご自由にどうぞ」
それを聞いてゴブリン一郎が頷いた。
「なあ、お前たち。強くなりたいか?」
ゴブリン一郎が3人のゴブリンに話し掛けると、一番大きいゴブリンが睨み返した。
「強くだぁ? 俺は強いぞ、コノヤロウ」
「そやそや、コイツは仲間の内で一番強いんだぞ」
「まあ、テメェには敵わないけどな」
彼らの自慢話にゴブリン一郎が頭を左右に振る。
「違げーよ。身内で一番強くたって、意味ねえだろが! 俺はさっきのでけえワニより強くなりたいか聞いてるんじゃ!」
「チョッ、お前馬鹿か? 殺すぞ!」
「殺せるものなら殺してみいや!」
「サーセン。でも、お前、自分が何言ってるか分かってるのか? そんなの無理に決まってるだろが」
「たしかに俺たちは弱い。だけど心まで弱くなっちゃ駄目だ。力がなければ頭を使うんじゃ」
そう言ってゴブリン一郎が自分のこめかみを突いた。
「ワシの頭、そんな固くねえぞ」
「そんなボケ、いらんわ! 知恵じゃ。知恵を使って強くなるんじゃ。それを俺が教えてやる」
ゴブリン一郎の話に、3人のゴブリンが円陣を組んで相談を始めた。
「なあ、どないする?」
「うめー話には裏があるべ」
「そーやな。俺たちこのまま、のんびり生きていこうぜ」
3人の話が聞こえているゴブリン一郎が呆れてため息を吐く。
そして、ボソッと呟いた。
「強くなったら、飯がいつでも食べれるぞ」
それを聞くなり、円陣を組んでいた3人のゴブリンが眼光鋭く、一斉に振り向いた。
「それは嘘じゃねーだろうな!」
「アレを見ても嘘だと思うんかい?」
ゴブリン一郎がアリゲーターに視線を向けると、3人のゴブリンが確かにその通りだと頷く。
そして、何やかんや話をした結果、ゴブリンたちはゴブリン一郎から知恵を使った生活を教わる事になった。
「よっしゃ! これからよろしく頼んます」
体格の良いゴブリンがゴブリン一郎に頭を下げる。
「任かしとき! 俺が立派なゴブリンにしてやるで」
こうして、ゴブリン一郎に3人の舎弟が出来た。
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