第258話 アリゲーター

 ゴブリン一郎の咆哮と同時に、アリゲーターが顔を斜めにして大きく口を開くと、一気に近づきゴブリン一郎の胴体に襲い掛かった。

 ゴブリン一郎が逃げずに、戦斧を振り下ろして向かい撃つ。


 アリゲーターの歯と戦斧が衝突すると、アリゲーターの歯が折れて空を舞う。

 ゴブリン一郎も戦斧が跳ねて、体が反り返えった。


 アリゲーターが体を回転させて、巨大な尻尾で襲い掛かる。

 ゴブリン一郎は逃げずに下半身に力を入れると、横なぎに襲った尻尾を正面から受け止めた。

 丸太に殴られた様な衝撃がゴブリン一郎の体を襲う。だが、大地を踏みしめて堪えた。


 ゴブリン一郎は睨み返して、戦斧を両手で掴む。

 大きく振りかぶり、アリゲーターの尻尾の根本へ振り下ろした。

 アリゲーターの頑丈な鱗がゴブリン一郎の一撃を防ぐ。それでも、馬鹿力で深さ10cmの傷を与えた。


 激痛にアリゲーターが暴れ、それに巻き込まれたゴブリン一郎が体当たりを喰う。

 不意を突かれてゴブリン一郎が、3mほど後ろに吹き飛ばされ、顔面から地面に落ちて口から血を流した。


 ゴブリン一郎が立ち上がって、口から流れる血を舌で舐めとる。

 アリゲーターも傷を与えたゴブリン一郎を絶対に許すまじと、眼光鋭く睨んだ。


 ジリジリとお互い近づき、アリゲーターの間合いに入るや、殺し合いが始まった。




 3人の逃げたゴブリンは茂みに隠れて、ゴブリン一郎とアリゲーターの戦いを見ていた。


「なんや、アイツ。逃げずに戦っているぞ」

「頭、おかしいちゃうか?」

「だけど、アイツ、強ぇな」


 強いという言葉に2人が頷く。

 ゴブリンは魔の森の中で最弱に属する生物だった。それ故に捕食者と遭遇したら、食べられる前に逃げる。それ以外の選択肢がなかった。

 だが、ゴブリン一郎は彼らと違って、敵わぬ敵だろうが立ち向かう。

 その姿に3人のゴブリンたちは痺れていた。




 アリゲーターの体に何度目かの戦斧が喰い込む。

 固い鱗が切り裂き、赤い血が体を染めた。

 一方、ゴブリン一郎は、何度もアリゲーターの体当たりを喰らって、全身が打撲状態だった。骨が折れてないのが奇跡に近い。


 アリゲーターが口を開けてゴブリン一郎に噛みつく。

 それを再び戦斧で応戦するが、アリゲーターはそのまま押し潰そうと伸し掛かってきた。

 ゴブリン一郎が倒されて、戦斧が手から離れる。

 アリゲーターの体重は2トン以上。マウントを取られたゴブリン一郎は重量に身動きが出来ず、胸を押さえられて息が出来ずに苦しんだ。


「ぐぐぐ……ク、クソがぁぁぁぁぁ‼」


 ゴブリン一郎がアリゲーターの顎を掴んで力を籠め、少しづつ体を引き剥がす。時間を掛けて顎を脇に逸らすと、目の前にアリゲーターの目玉が見えた。

 その目玉に向かって渾身の拳を突き出す。

 ゴブリン一郎の拳がアリゲーターの目玉に突き刺さった。


 目玉を抉られたアリゲーターが激痛に転げ回り、ゴブリン一郎が這い出て距離を取る。

 落ちていた戦斧を拾うと、渾身の力を込めて戦斧を振り下ろした。


「ぎゃざーん!(覇斬!)」


 戦斧から黒い波動が放たれて、アリゲーターの首筋に食い込む。

 そのまま肉を切って、首から先を切り飛ばした。


「ハァ、ハァ。ざ、ザマアミロ…俺の勝ちだ……うおぉぉぉぉぉ‼」


 勝利にゴブリン一郎が吼えた。




「凄げぇ、凄げぇ!」

「アイツ、あんなデカいワニに勝ったぞ!」

「信じられねえ!」


 茂みに隠れていた3人のゴブリンが、アリゲーターを倒したゴブリン一郎を称えながら姿を現した。


「なんやお前ら、逃げてなかったんかい」


 疲労で地べたに座っていたゴブリン一郎が、3人に向かって笑みを浮かべた。


「テメエを心配したんだろうが! なんで逃げずに戦ったんだワレ!」

「そやそや、別に魚が欲しかったわけじゃねえぞ、この野郎」

「こんなデケエの食いきれねえぜ、馬鹿野郎」


 3人のゴブリンたちに、ゴブリン一郎が苦笑い。


「食い意地の張ってるヤツじゃのう。そのアリゲーターは俺一人じゃ食いきれん。お前たちにくれてやるわ」


 それを聞いた3人のゴブリンの目が輝いた。


「マジかいな。これで今年の冬は越せるぜ」

「けど、けど、どうやって持って帰るんじゃワレ」

「仲間呼んで運ぶべ」


 3人のゴブリンがぎゃあぎゃあ騒ぐ。その様子に、同族が少しでも冬を乗り越えられればと、ゴブリン一郎は思っていた。




 だが、ゴブリンたちが騒いでいると、再び湖から別のアリゲーターが姿を現した。


「はあ?」

「嘘やろ」

「マジかいな⁉」


 アリゲーターを見た3人のゴブリンが、慌ててゴブリン一郎に振り返る。

 だが、先ほどの戦闘で死力を尽くしたゴブリン一郎は、無理だと頭を横に振った。


「に、逃げよう」

「お、おう。お前、動けるか?」


 ゴブリンの質問に、ゴブリン一郎が頭を左右に振る。


「じゃあ、全員で運ぶぞ」

「そやそや、英雄を捨てるなんてできねえぜ」

「俺たちが死んでも、テメエは絶対に生き残りやがれ!」


 3人のゴブリンたちはそう言うと、ゴブリン一郎を抱えた。


「お前ら……」


 リーダーじゃない弱いゴブリンは仲間を見捨てても、自分だけでも生き残ろうとする。

 その本能を捨ててでも助けようとする行動に、ゴブリン一郎が驚いた。


 だが、ゴブリン一郎を抱えた3人よりも、アリゲーターの方が速かった。

 迫ってくるアリゲーターに、全員が死ぬのを覚悟したその時……。


「排除します」


 彼らの前にアイリンが現れた。

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