第252話 豆柴はざーん

 翌日。ルディは白鷺亭の裏庭で、カールが見守る中、ドミニクと稽古をしていた。


 ドミニクの振り下ろした戦斧を、ルディがショートーソードの腹で受ける。軌道を変えて攻撃を逸らした。

 今度は、ルディがドミニクの懐に潜り込む。

 潜り込みながら体を半回転。勢いで肘鉄を叩きこもうとするが、ドミニクが後ろに飛びのいて攻撃を躱した。

 両者が武器を構えて相手の顔を見る。お互いに好敵手だと認めて、笑みを浮かべた。


「そこまでだ。これ以上は死合になる」


 再び撃ち合おうとしたところで、カールから待てが入った。

 ルディとドミニクは名残惜しかったが、カールの言う通りに武器を収めた。


「ルディ。強くなったな!」

「攻撃しても全部防ぎやがったです、さすが兄者です!」

「いや、結構きわどかったぜ」


 ルディとドミニクが握手をしてお互いを称える。その様子にカールが微笑んだ。


「ルディ君は、鍛錬を怠ってなかったみたいだな」

「何度かヤベー敵と戦ってたです。大きなムカデとか、マソの怪物とか……」

「はははっ。冒険者にならないと言っているのに、結構冒険してるじゃないか」

「ししょー曰く、戦う料理人です」


 ルディの冗談に、カールとドミニクが笑った。


「ところで、魔法が使えるようになったとフランツから聞いているけど、本当かい?」

「そーです。おかげで、はざーん使えるようになったですよ!」


 カールの質問に元気よくルディが答えると、カールとドミニクが大きく目を見張った。


「……マジ?」

「マジもマジです。今日はそれを師範に見せたくて、うずうずしてたです」

「そ、そうか……」


 カールの大技の1つで、彼の代名詞でもある覇斬。

 ドミニクもつい2ヶ月ばかり前にやっと物にした技が、ルディも使えるという。

 それならば見てみようと、カールは庭に転がっていた大岩に向かって覇斬を撃つように命じた。




「それじゃ師範、今からやりやがるですよ」


 ルディが岩から離れた場所に立って、カールに声を掛けた。


「おーう。いつでも良いぞー」


 ルディが両脚を前後に開いて身を低くする。

 居合の構えになると、電子頭脳に記憶していた魔法を解き放った。


「はざーん‼」


 ルディが掛け声と同時に、ショートソードを鞘から放つ。すると……。


 ワン‼


 ショートソードから茶色い豆柴の犬が現れて空を飛び、岩に噛みついて消えた。

 その覇斬を見たカールとドミニクが、口をあんぐりと開けた。


「……今の何?」


 近寄ってきたルディに、正気に戻ったカールが質問する。


「はざーんです」


 いや、俺が求めている答えはそれじゃない。


「……あの犬は?」


 カールがもう一度質問すると、ルディが照れた様子でもじもじした。


「ししょーのアイデアです」

「奈落の?」

「僕がはざーん撃てるようになった時、ししょーから同じ技じゃつまらねー言われたです。だから、ししょーと一緒に考えて、アレンジしてみたです」

「犯人はアイツか……」


 ルディの話を聞いたカールが頭を抱えた。




「点数を付けるなら30点だな」


 少しだけ砕けた岩を見て、カールはルディの覇斬を評価した。


「やっぱりアレンジで減点ですか?」

「いや、それは評価の対象に含まれていない。減点の理由は威力が足りてないからだ。おそらく魔系統の魔法の使い方が間違っている」

「ふむふむです」

「剣を放つとき、魔系統の魔法が手から先に放たれてない。あれでは風系統の風の刃と同じぐらいの威力だろう」

「なるほどです」


 ルディも何度放っても覇斬の威力が上がらず、悩んでいた。


「以前、冒険者は戦うときに魔法抵抗の魔法を使うと教えたな」

「覚えているです」

「では、そっちの方は鍛えているのかな?」

「もっちもちのロンです。いつでも発動出来やがるです」

「息子も愛弟子も優秀で嬉しいねぇ……」

「親父、アホな事を言ってんな」


 カールの冗談にドミニクがツッコみを入れる。

 それが照れ隠しだと分かったカールがにやにや笑った。


「まあ冗談はさておき。ルディ君は次のステップに入ろう。魔系統の身体強化の魔法で身体能力を上げるんだ」


 魔系統の魔法は、体の強化魔法に使用される。

 身体能力の上昇、動体視力の強化、聴覚の強化など、武器で戦う者であれば誰でも使いたくなる魔法だった。


「ただし、魔法抵抗と同時に発動するんだ」


 その条件にルディが首を傾げた。


「……二重魔法ですか」

「その通り。冒険者なら魔法抵抗の発動は基本中の基本だが、強い冒険者の条件になると、魔法抵抗と一緒に身体強化の魔法も発動して戦うのさ」

「なるほどです」

「だけど、難しいぞ。まず二重詠唱を継続して発動しなければいけない。大抵の人間はまずそこで躓く。実際にドミニクも躓いていた時期が長かった」

「兄者、今は出来るですか?」


 ルディの質問にドミニクが頷いた。


「大分前の話だが、何とか1時間は継続して出来るぞ」

「すげーですね」


 ルディに褒められて、ドミニクがこめかみをぽりぽり掻いて照れた。


「一番難しいのは強化の調整だ。体に流すマナが強すぎると筋肉痛になるし、本当に酷いと体が壊れる。逆に弱すぎると、感覚が狂って本来の実力が発揮されない」

「ふむふむ」


 ルディはカールの話を聞きながら、以前ナオミが発動した闇の世界の魔法を思い出していた。

 あの魔法は範囲内に居る全ての生物の視力と聴力を、異常なまでに強化して逆に破壊する。

 カールが言っている体が壊れるとは、おそらくそれの事だろうと推測した。


「それに、体は常に成長するし、年を取れば劣化する。自分の体に合わせて、日ごろからマナの量を調整する必要がある」

「なるほど、理解したです」

「ルディ君の覇斬に威力が足りないのは、魔系統の魔法の熟練度が足りてないから、マナが体から放出されていない。それが理由だ」

「分かりました!」


 ルディが元気に答えると、カールが微笑んで頷いた。

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