第253話 恋する乙メン

「…………はぁ~~」


 ションが窓際に腰掛けてぼんやりと空を見上げていたと思ったら、深くため息を吐いた。

 ニーナ譲りの美しい顔つき、長く伸びた黒髪が風に靡く。その姿は繊細な麗人が物思いに耽る人物画の様に美しかった。

 ただし、口を開かなければという条件が付く。


「……はぁ~~」


 もう一度空を眺めて、ため息を吐く。

 彼の頭の中では、華麗に踊るソラリスの姿がずっと残っていた。


 ションはソラリスと再会してから、何度か声を掛けて彼女をデートに誘っていた。その都度、あっさりと断られてガックリ肩を落とす。

 容姿の美しさから、今までのションは、何時も女性の方から声を掛けられた。その何人かとは、付き合った経験もある。だが、付き合った相手に惚れる事はなかった。


 冒険者の両親から生まれ自分も冒険者になった時から、何度も命の危険にさらされた。ソラリスと最初に出会ったのも、多くの魔物に囲まれて今度こそ駄目かと覚悟した時だった。

 だが、森の中からソラリスが現れるや、たった1人で魔物をせん滅した姿に、今まで知らない感情が芽生えた。

 それが初恋だと分かったのは、ソラリスに後ろから抱きついてエアロバイクに乗った時だった。


 何度も告白しようか悩んだ。だけど、今まで一度も自分から告白をしたことがなく、悩んでいる内にニーナの病状が回復して別れた。

 その時は、残念だと思う反面、自分の様な冒険者の恋人になっても辛いだけだろうと、彼女の幸せを祈った。


 自宅に帰った後、何度もソラリスの事を思い出す。だが、レイングラード国とハルビニア国は遠い。もう二度と会う事もないだろうと思っていた。

 しばらくして、またハルビニア国に行くと決まり、家族の中で一番喜んだのはションだった。

 そして、ハルビニア国の首都に着く寸前で、またソラリスの姿を見た時、「ああ、俺はやっぱりこの人に惚れているんだ」と改めてソラリスに惚れていた。


 そして昨晩。ルディのギターに合わせて踊るソラリスを見た時、もう彼の心はソラリスへの愛に満ち溢れていた。

 何ですかあれ? 普段は無感情なのに、なんで感情的に踊れるの? ギャップがすげー。惚れてしまうやろ!


「……はぁ~~」


 ションがソラリスを想ってため息を吐く姿に、同じ部屋に居たフランツが顔をしかめた。


「……兄ちゃんが変」




 ギターを練習しながら、カルロスは悩んでいた。

 悩みの原因はギターの腕ではなく、昨日のソラリスの姿が頭の中から消えないからだった。


「…………はぁ~~」


 昨日ルディから教わったコードを弾きながら、カルロスがため息を吐く。

 彼の容姿は姉と同じ褐色の肌、体つきは筋肉質なやせ型。髪は姉と違って小麦色の金髪で、顔つきは姉と同じく美しい。

 その姿は、異国の雰囲気を持つ砂漠の国の王子の様で、多くの女性を魅了していた。


 ソラリスのフラメンコは、カルロスにとって衝撃的だった。

 彼はアブリルと一緒に楽団へ入った時から、旅の間に多くの美女を見てきた。

 だけど、彼の中の一番綺麗な女性は、親代わりに育ててくれた姉のアブリルだった。


 それが、昨日のソラリスを見て一変する。

 最初にソラリスと会った時、彼女は常に背後に隠れていて居る事すら気づかなかった。食事の時も、配給係として全く気に留めていなかった。

 だけど、ルディのギターに合わせてソラリスが踊った時、その人が美しい女性だったと初めて気が付いた。

 ルディのギターに合わせて、時には激しく、時には静かに踊る。

 そのソラリスの踊りにカルロスは魅了された。


 カルロスは姉の容姿に嫉妬している女性たちにうんざりしていた。

 それ故、彼の求める理想の女性象は、物静かで包容力のある女性だった。カルロスの理想の女性とソラリスが一致する。

 それは彼にとって、初めての恋だった。


 だけど、今はそのルディからギターを習っている最中。

 もし、ソラリスに自分の思いを告げて、ルディの機嫌を損ねたら……それを考えると告白なんて出来ない。

 今はギターの演奏に集中するべき。でも、頭の中からソラリスの踊る姿が消えない。クソ、どうしたら良いんだ!


「……はぁ~~」


 カルロスがソラリスを想ってため息を吐く姿に、ステップの練習をしていたアブリルが顔をしかめた。


「……弟が変」




 ソラリスが輸送機が運んだ荷物を背負って白鷺亭に入ると、多くの傭兵が彼女を待っていた。


「ソラリスさん。受け取ってください!」


 1人の若い傭兵が彼女の前に花束を出したのを皮切りに、他の傭兵たちが一斉にプレゼントを彼女に差し出した。


 ソラリスが差し出されたプレゼントを分析する。

 花束…食糧として不適合、食糧在庫確保済、酒類不要、布…強度不足なため不要……。


「必要ございません。失礼します」


 ソラリスは全てのプレゼントを受け取らず、2階の階段を上って姿を消した。

 彼らは昨晩のソラリスのフラメンコを観て、一気にファンになっていた。そこで、プレゼントを用意するけど見事に玉砕。

 フラれた傭兵たちは彼女の姿を見送って悔しがるが、まだ誰も諦めていなかった。


 ソラリスを想うションとカルロス。

 その2人に立ち塞がるライバルは多かった。

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