第251話 シギリージャ

 ルディのギターに合わせて、ソラリスが両腕を前に出して体をくねらせる。滑らかに両腕を動かすと、静かなギターに合わせて悲しそうに踊った。

 ギターのテンポが速くなると同時に、ソラリスが踵で床を叩き始める。

 ゆっくり踊って足元だけを激しく動かす。タップ音が楽器となって、内なる嘆きの激しい感情を表した。


 突然ルディがギターを弾くのを止めた。

 同時にソラリスが片腕を掲げて下を向き、もう片方の腕で自分の体を抱きしめる。

 ソラリスの美しいポーズに、誰もが魅了された。


 再びルディがギターを鳴らして、ソラリスが掲げた腕をゆっくりと下げて踊り始めた。

 ギターのリズムがノリのある感じになって、ソラリスが軽やかにタップを踏む。

 ギターのリズムがゆっくりになると、タップダンスから踊りメインに切り替わった。

 次第に演奏が激しくなる。ソラリスはタップだけでなく、踊りながら手や太腿を叩いて、音を鳴らし始めた。


 ルディが演奏を止めて、ソラリスのソロコーラスが始まった。

 馬が駆ける様なリズムが食堂に響く。ソラリスが激しく踊る。


 またルディがギターを叩き始めた。弦楽器が打楽器に変わり、ソラリスのタップに合わさった。

 ソラリスがスカートのすそを掴んで脚を晒し、激しいタップを見せる。

 激しく鳴り響くタップ。だが、ソラリスは無表情でずっと姿勢を正したまま踊っていた。


 クライマックスを迎えると、ルディのギターとソラリスのダンスが、激しくなった。

 ルディの激しいギターに、ソラリスがタップを踏みながら、何度も何度も体を回転させる。

 クライマックスが終わると、ソラリスが舞台のそでに消えていった。




 ルディとソラリスがフラメンコを披露したのは、白鷺亭の食堂。

 当然、アブリルとカルロスだけでなく、ナオミたちも居たし、店の中に居た多くの傭兵がフラメンコを見学していた。


 最初、ソラリスが踊り始めると彼らは喝さいを上げた。

 だが、演奏と踊りを見ている内に歓声が止み、静かにフラメンコを観ていた。そう、彼らは無形文化財レベルまで昇華した踊りの芸術に、衝撃的な感銘をしていた。

 演奏が終わっても食堂は静まり返っていたが、最初に宿の店長が拍手をすると、それを呼び水に全員が立ち上がって激しく手を叩き、ルディと踊ったソラリスを称えた。


 拍手の渦の中、アブリルは感動に震えていた。

 今までの自分の踊りは何だったの? まるで子供の遊びじゃない!

 極限の美、張り詰めた緊張、静と動による感情表現。

 それが全て一体となって、一つの芸術として完成されている。これこそ、私が求めていた踊り……。


 アブリルがそう思っていると、ルディがソラリスに話し掛けた。


「ソラリス、へったくそですね……もっと感情を出しやがれです」

「仕様でございます」

「まあ、僕も無茶を言ったのは理解してるです」


 ルディに酷評されても、ソラリスが平然としたまま答えた。

 彼女がフラメンコを踊れたのは、何時ものようにアプリケーションを電子頭脳にインストールしたから。だが、踊れるだけで、感情が芽生えたばかりの彼女には、フラメンコによる感情表現を理解して踊るのは無理だった。


「ちょ、ちょっと待って! 今のが下手くそだと言うの?」


 今の話を聞いて、アブリルが慌ててルディに話し掛けてきた。


「もちろんへたっぴですよ。今のはただ、型通りに踊っただけです」

「私はその型も知らないんだけど……」

「別に型どおり踊る必要ねーです。アブリルさんはアブリルさんで、独自の踊り方を考えて踊れば良いだけじゃねーですか?」

「そ…そんな……」


 突き放すルディに、アブリルがショックを受けて落ち込んだ。


 アブリルと同様に、カルロスも落ち込んでいた。

 ルディのギターはソラリスの踊りに合わせていた。今までの自分の演奏は他の楽器に合わせて音を鳴らし、それに合わせてアブリルが踊る。

 カルロスは今まで踊っているアブリルを一度も見ていなかった事に、今更ながら気が付いた。




 落ち込むアブリルとカルロスの様子に、ナオミがルディに話し掛けてきた。


「なあ、ルディ。それはあまりにも過酷じゃないのか?」

「そーですか?」

「あれを見ろ」


 ナオミはそう言うと、顎をしゃくって傭兵たちに視線を向けた。


「私たちがここに来てから、アイツらはずっとお前の飯の匂いを嗅ぎながら、粗末な飯を食ってるんだ。私からしてみれば、毎日が地獄だぞ」


 それを聞いた傭兵の全員が大きく頷いた。


「でも、金払った時の契約に、アイツらの飯を作るの含まれてねーです。悪いのは隊長のスタンさんだと思うです」

「馬鹿! それを言うな‼」


 傭兵の全員から睨まれて、スタンが慌てた。


「そんな事はどうでも良い。問題は今の2人が傭兵たちと同じ立場だと言いたいのさ。芸術を求める人間の前で高度な芸術を見せるけど、それを教えない。それがどれだけ酷い事か、一度考えてみるべきじゃないか?」


 ナオミの話にルディが考える。

 ルディはやりたい事があれば、電子頭脳にインストールすれば簡単に身に着けられる。それ故に、基礎を学ぶという苦労を知らなかった。

 だけど、この惑星の人間は電子頭脳を持っていない。だから、一から学ぶ必要があった。

 ルディはナオミの話から、このままでは2人が高すぎる理想に潰れるかもと考えた。


「分かったです。ソラリス。アブリルさんの足のサイズ調べてタップシューズ用意しろです。僕はカルロスにギター教えるから、お前はアブリルさんにフラメンコの基礎をレクチャーしやがれ」

「了解しました」


 それを聞いたアブリルとカルロスは、目に涙を浮かべて喜んだ。

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