第250話 緊張する食卓

 食卓に座ったカルロスは、同席している面々に緊張していた。

 隣に座っているのは、ハルビニア国の傭兵の中でも有名な、ホワイトヘッド傭兵団の隊長スタン。戦場に出ていないのに、顔や体を見れば生傷があり、おそらく日ごろから訓練で鍛えているのだろう。

 実際はスタンだけルディの食事を食べて、同僚からボコられているだけだが、カルロスはその事を知らない。


 正面に座るのは、デッドフォレスト領の英雄レインズ。

 精悍にして気品のある面構えをしており、まさか王都で会うとは思わず、最初に挨拶された時は感動で震えた。

 レインズは老剣士と隣に座る男性と楽しそうに会話をしていたが、その男性が黒剣のカールと聞いて、俺と姉さんは驚いた。

 黒剣のカールと言えば剣豪としても名高く、多くの魔物と戦い、ローランドとの戦争では、名将を倒した事もある冒険者だった。

 別席に座っているカールの家族たちも、彼ほどではないが有名な人たちだ。


 長男のドミニクは父親譲りの戦士として、一家の中ではカールの次に有名だった。

 カールの妻ニーナと次男のションは、攻撃魔法から治療魔法まで大くの魔法を使える魔法使いとして多くの人に知られている。

 末っ子のフランツはまだそれほど有名ではないが、期待のルーキーとして、若い冒険者や女性からの人気があった。


 だけど、彼らよりも不思議な女性が居る。その人は髪の色が赤い美しい人だった。彼女の名前はナオミ。

 どうやら彼女はルディの師匠らしい。ルディが「ししょー、ししょー」と呼ぶので、何の師匠か聞いてみたら魔法の師匠らしい。

 有名人が居並ぶ中に居るのだから、彼女もきっと有名な魔法使いなのだろう。でもナオミという名前の魔法使いの名前は聞いた事がない。

 だが、カールとスタンが、彼女の事を奈落と呼んだ事で、正体が分かった。


 奈落の魔女は、顔の半分が火傷をしている化け物みたいな醜女だと聞いている。でも、女性の顔には傷一つなく、隣に座る美しいエルフの女性と並んでいても、遜色ない美しい顔をしていた。

 実際に隣の姉さんは奈落の魔女だと聞いて驚いていたが、今はナオミとルイジアナの美貌に惚れて、話がしたくて席を離れたがっていた。


 ……チョット俺たち、場違いな所に来たんじゃね? 知らなかったとはいえ、緊張で飯の味なんて分から……何これ、美味っ‼




「ルディ君。これって本当にニシンなの? すごく美味いわ!」


 ニーナの感想にルディが微笑む。


「そーです。時間を掛けて手順通り戻せば、ニシンの臭みと脂っこさが美味に変わるです」

「味の浸み込んだ大根と卵が絶品だよ。僕、大根ってあまり好きじゃないんだけど、これならいくらでも食べられる」


 フランツはそう褒めると、大根をヒョイパクっと食べて顔が蕩けた。


「このホタテのご飯も絶品だな。米を噛めば噛むほど味がじわって来る」

「うむ。ホタテの汁がこんなに美味いとはな……いつも戻した水を捨てていたけど、もったいない事をしてたな」


 ションの後にドミニクが後悔していたが、2人の箸は止まらずホタテご飯を口に頬張っていた。


「このサラダはとっても美味しです」

「そうだな。コリコリした黄色い粒の塩加減が良い感じだ」


 ルイジアナとナオミは、数の子入りのアボカドサラダを美味しそうに食べていた。そして、ルイジアナは相変わらず語彙力がない。




「アブリルさんとカルロスさん。気に入ったですか?」


 ルディががむしゃらに食べている2人に話し掛けると、2人が同時に頷き、先に飲み込んだアブリルが口を開いた。


「こんなご馳走初めて食べたわ! ルディって料理人だったのね!」

「料理はタダの趣味です。僕、職業は……はて? ししょー僕の職業なーに?」


 ルディの質問にナオミが考える。

 魔法が使えて剣士としての才能もあり、料理を作る……。


「戦う料理人じゃないのか?」

「なんとなくしっくり来るのが悔しいです……」


 ナオミの返答にルディが顔をしかめて、それを聞いた全員が笑っていた。




 食事後。ルディはナオミに呼ばれて、店長から借りた個室に入った。


「ししょー、どうしたですか?」

「うむ。お前はあの2人に何を教えるつもりなんだ?」

「音楽と踊りの文化です」

「音楽と踊り?」

「言葉で説明するより見た方が早えーよ。ししょーのスマートフォン、貸しやがれです」


 ルディが借りたナオミのスマートフォンを弄って、フラメンコの動画を再生した。

 その動画をナオミが最後まで観て、ルディに話し掛けた。


「これをあの二人に?」


 確かに動画で踊る女性と音楽は素晴らしかった。

 だけど、これを今すぐ覚えろというのは無茶だろう。


「別にフラメンコじゃなくて構わねーです。確かにフラメンコ素晴らしい芸術です。ですが、この星で生まれた新しい芸術、あの2人が作る。僕、ただその道案内するだけです」

「この星の独自の文化か……なるほど、そいつは私も見たいな」

「まあ、2人の努力次第です」


 そう言ってルディが微笑んだ。




「さて、お待たせしやがったです。そろそろ本格的に練習しようです」


 ルディは食堂に戻ると、カルロスとアブリルに話し掛けた。


「さっきはご馳走さま。おかげで練習に身が入りそうです」


 カルロスはよっぽどルディの料理が気にいったのか、丁寧に礼を言った。


「どーいたしましましてです。さっそく練習と行きたいところですが、まずお手本を見せてやる思うです。ちゅー事で、ソラリス、カモン!」


 カルロスとアブリルが首を傾げていると、ソラリスが現れた。


「失礼します」


 ソラリスが2人の前に現れて、丁寧なカーテシーを披露する。


「これから見せるのは、あくまでもお手本よ。忠実に再現する必要はねーです」


 ルディが奏でる曲はシギリージャ。

 悲壮で重厚なメロディーが、ジプシーの苦悩と嘆きを表現する曲だった。

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