第249話 乾物料理

 ルディが楽屋を出て皆の元に戻ると、散髪に行っていたハクが居たけど、カールとニーナの姿がなかった。


「師範とニーナさんは何処行ったですか?」


 ルディの質問にションが肩を竦めた。


「デートだってさ。いい歳なのに何時までもいちゃついて、息子のこっちが恥ずかしいよ」

「何時までもラブラブなのは良い事だと思うです」

「俺だってそう思うよ。だけど、場所を弁えろって話さ。で、そっちは何処に行ってたんだ?」

「楽屋です」

「楽屋?」


 ルディの返答にションだけでなく全員が首を傾げていると、着替えを終えたカルロスとアブリルが、ルディの元にやってきた。


「待たせたな」

「別に待ってねーですけど、アブリルさんも来るですか?」

「この後の時間は別の子が踊るから問題ないわ。それに、私の踊りも条件に含まれているじゃない。それならギターを聴きながらイメージを浮かべた方が良いわ」


 アブリルの返答に、ルディも確かにその通りだと許可を出した。


「ルディ、事情を話せ」


 ナオミが質問してきたから、ルディは楽屋での出来事を皆に話をした。


「……何でお前は何時も、こう色々と変な事に巻き込まれるんだ?」


 こめかみを押さえて呆れるナオミに、全員がその通りだと頷く。

 だけど、それを聞いてルディが憤慨だと頬を膨らました。


「僕のせい違げーです。ウィートのヤツが、僕のギターを借りパクしたのが悪りーです」

「もういいよ。連れて行っても良いけど、あまりトラブルは起こすなよ」

「僕も切に思うです」


 ナオミの話にルディも本心からそう思った。




 白鷺亭に戻ると、ルディはカルロスに自習するように命じてから、ソラリスと一緒に夕御飯の支度を始めた。

 今日のメニューは、ホタテの炊き込みご飯と、ニシンと大根の煮物、それに、数の子を入れたアボカドサラダ。

 とは言っても、乾物品は仕込みに時間が掛かるので、前夜から作業を始めていた。


 ルディはソラリスに命じて、昨晩の内から身欠きニシンの戻しをさせていた。

 まず、米のとぎ汁に身欠きニシンを入れて、何回か上下にひっくり返しながら一晩置いておく。

 付いた米ぬかを洗って頭を捻り取り、ヒレを剥がしてから鍋に入れて、冷えた濃い目の茶水を入れて火にかける。

 灰汁が出てきたらすくい取り、沸騰したら弱火にして、柔らかくなるまで2時間ほど煮たら火を止めて、さらに半日ほど置いた。

 ここまでが身欠きニシンの戻し方で、やっと食材として使えるようになる。


 ルディが卵を茹でて殻をむき、大根は乱切りにして下茹でにする。

 別の鍋に水、醤油、酒、みりん、砂糖、酢を入れて沸騰させてから、大根、卵、ニシンの順に入れた。

 鍋に落し蓋をしてから中火で3分煮て、山椒を入れてから弱火にする。

 後は、汁気がなくなるまで煮て、これでようやく完成した。


 次にホタテの炊き込みご飯を作るが、こちらも時間が掛かる。

 まず、ホタテの貝柱を12時間ほど水に漬ける必要があるので、今日の早朝にソラリスが誰も居ない厨房で、作業をしていた。

 米を研いで水切りしたところに、戻し水とホタテを挿入。みりん、塩、醤油を入れて炊き込めば、こちらも完成。


 最後に数の子入りのアボガドサラダを作る。

 塩数の子は、塩水に3時間漬け、塩水を取り変えてさらに3時間漬けて戻す。薄皮を取って下ごしらえが済んだら細かく刻んで、茹でたブロッコリーとアボガドのマヨネーズサラダに加えて完成した。


「やっぱり乾物品は作るのに時間が掛かるですね」

「ここまで丁寧に調理するのはおたくらだけだよ」


 ルディが呟くと、厨房の隅で調理を見学していた店主が話し掛けてきた。


「そーなんですか?」

「ニシンなんて、そのまま鍋にぶっこんで煮るだけだぞ」

「油ぎどぎどしてそーです」

「そのぎどぎどが良いってヤツも居るのさ」

「信じられねーです」

「俺からしてみれば、おたくらの作る料理の方が信じられねーよ」


 店長が笑って、ルディとソラリスの腕前を褒めていた。




「姉さん、どうしよう。すごく腹が減ったんだけど」

「私もよ。ただ練習しに来たのに、こんな美味そうな匂いがするなんて思っても居なかったわ」


 自主練していたアブリルとカルロスだったが、厨房から漂う醤油の匂いに腹を空かせていた。


「お待たせしやがったです。ご飯が炊けるまで時間よゆーあるから、ギターを教えてやろうです」

「ねえ、ルディ。一体何を作ってるの? 今まで嗅いだ事のない美味しそうな匂いがするんだけど」

「ニシンと大根の煮物とホタテご飯と、数の子入りのアボカドサラダです」

「……聞くんじゃなかった。余計にお腹が空いたかも」

「アブリルさんは腹減ったら踊れねーです。だから、お前たちの分も作ってやったですよ」

「本当⁉」

「嘘言って地獄に落としやしねーです」


 それを聞いて喜ぶ2人とは逆に、近くで聞いていた傭兵たちが「俺たちは毎日地獄だよ」と呟いていた。




 料理が完成して店長の前には、ルディからおすそ分けしてもらった料理が並んでいた。


「では頂くとしよう……」


 店長がホタテの炊き込みご飯を口にして、目を大きく広げる。

 そして、ニシンと大根の煮物を食べてうっとりと目を細めて、数の子入りのアボカドサラダを食べてため息を吐いた。


「な、なあ。あ、味を教えてくれ!」


 聞かなきゃ良いのに、傭兵の一人が店長に尋ねた。


「……ホタテの美女を抱いているところに、ニシンの母親と数の子の娘が現れて、「私も食べて」と俺を誘う……無理だ! 俺には誰が一番なのか選べない!」

「チクショー、羨ましいぜーー‼」


 頭を抱える店長を見て、傭兵たちも頭を抱えた。

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