第237話 軍規違反

「こんにちは。今日は良い天気ですね」


 ナオミがルディを待っていると、見知らぬ男性から話し掛けられた。

 ナオミは人のいる場所にいる時、常にローランドからの刺客を警戒していた。今日、ルディの誘いを最初に断ったのもそれが理由。


 男性の年齢は18か19歳ぐらいだろう。軽薄な感じだけど顔は悪くない。体つきはそれほど鍛えられておらず、刺客にしては隙だらけだった。

 ナオミが無言で男性を観察していると、さらに声を掛けられた。


「喉が乾いていませんか?  俺、近くで良いパブ知ってるんだ。そこのワイン、めちゃくちゃ美味しいんですよ!  一緒にどうですか?」

「…………」


 こいつはおびき寄せ役か……それなら隙だらけでも納得できる。

 私を人気のない場所に誘って、実行犯が襲うつもりなのだろう。

 今ここでコイツを倒す……いや、ここでは人が多すぎる。誘いに乗って誰も居ない場所で殺すのが最適か?

 ナオミはそう考えていたが、次の男性の一言で考えが崩れ去った。


「お姉さん美人だから、つい声を掛けちゃったけど、もしかして忙しい? でも、そんなセクシーな格好でいたら、誰でも声を掛けちゃうよ」

「……は?」


 美人と言われて、やっとナオミも自分がナンパされている事に気が付いた。

 フロートリアの公爵令嬢だった頃のナオミは、社交の華と称えられるぐらいの美貌だったが、それも十年以上前の話。

 ローランド国の魔術師、バベルに顔の半分を焼かれて以降、ナオミはあらゆる男性から化け物と呼ばれて避けられていた。


 顔が治ってから久しぶりに人間の暮らす都会へ来たが、私を見る周りの目がいつもと違っていた。そして、目の前の男が私に向かって美人だと? 

 今はマナを押さえて一般人に紛れ込んでいるが、それでも顔の火傷が治っただけで、状況が変わり過ぎだろう……。


「もしかして、まだ警戒している。大丈夫、今日は一緒に飲んでお喋りしたいだけ。もし俺を気に入ったら連絡先を交換しよう。ね?」

「……あーすまないが、今は連れと一緒だ。ナンパなら他を当たってくれ」

「やっと声を掛けてくれた。その話し方、素敵だね。気が強そうな感じだけど、そこがチャーミングで可愛いよ」


 ナンパ男はナオミの話を聞かずに一方的に話し掛け続け、ナンパに慣れてないナオミは相手のなれなれしい行動に呆れていた。




「ししょー待たせたです」


 ルディとソラリスが戻ってきて、心の中でナオミが安堵する。

 さすがに彼女もナンパがしつこいという理由で、相手を傷つけるのは良心が咎めた。


「やっと戻ったか。それで、何か良いのは見つかったか?」

「いっぱいあったです。明日の晩は久しぶりに、和食にしようと思うです。それで、そこのお兄さんは誰ですか?」


 ルディがナンパ男を見ると、彼の目はルディの背後に控えていたソラリスに釘付けだった。


「な、な、何て美しい人だ⁉」

「「は⁉」」


 ソラリスとナオミが同時に声を上げる。

 ソラリスは突然美人と言われて、ナオミは急に別の女性を褒めだした男の行動に呆れて。


「ねえ、君。どこの女中かな? もしかして、王城? でも王城の支給服とは違うよね。どこの貴族に従えているのかな?」


 ナオミをナンパしていた男は、彼女に脈がないとみるや、今度はソラリスをナンパし始めた。

 ルディは少しだけしか場に居なかったが、状況的に無理だろうと思う。

 だけど、ナンパは失敗すると分かっていても、場数をこなすのが一般的。

 彼はナオミの事など忘れて、ソラリスを可憐だとか、気品があるとか散々褒めていた。




「排除します」

「……え?」


 一瞬の出来事で、誰も止められなかった。

 本気でなくても、人間なら軽く吹き飛ばすソラリスの右ストレートが、ナンパ男の顔面にさく裂。顔を酷く歪ませてナンパ男が吹っ飛んだ。


「……何してくれちゃってるですか?」

「任務中の乗務員に対するセクハラ行為は、処罰の対象に該当します」


 ルディの質問にソラリスが返答する。


「あーうん。そうか……なるほど……」


 ルディは一瞬意味が分からなかったが、少し考えてソラリスの思考を理解した。

 彼女は未だにこの惑星の人間は準搭乗員扱いで、銀河帝国軍の軍規に従っただけ。現在、ルディとナオミは、ローランド国という反乱分子を排除する任務中であり、ナンパ男は軍規に違反したと判断したらしい。

 問題は、周りの目から見て、ただの女性がワンパンで男を吹き飛ばす行動は驚きの対象である事。

 その結果、周辺の人たちが何事かと、ルディたちを囲んでいた。


「お前なぁ……」


 ルディが地面に倒れて気絶しているナンパ男を見下ろす。

 右頬が青くはれ上がり、イケメンだった顔が酷く崩れていた。


「ソラリス。良くやった!」


 呆れるルディとは対照的に、ナオミがソラリスを褒める。


「綱紀粛正しただけでございます」

「どうしようか悩んでいたけど、いやースッキリしたよ」


 ルディはナオミがどうするつもりだったのだろうと考えて、ナンパ男はソラリスに殴られて正解だったと思った。


「とりあえず、この場から去るべきと思うです」

「そうだな。衛兵が来るまでに逃げよう」


 市場での喧嘩はよくある事。王都を警備する兵士もその事は分かっており、騒ぎを嗅ぎ付けた兵士の声が遠くから聞こえて来た。


「ソラリス、荷物を持つから、この男を抱えろ」

「了解しました」


 普通だったら男を捨てて逃げる。だけど、ルディも違った意味で常識がなかった。

 彼は証拠の隠滅を図って、ソラリスに男を拉致させた。

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