第238話 新たな治療魔法

 ルディたちは市場を離れて人気のない路地に隠れると、気絶しているナンパ男を地面に投げ捨てた。


「なあ、ルディ。何も言わなかった私もアレだけど、何でこの男を連れて来た?」

「証拠隠滅です」


 ちょっと何を言っているのか分からない。


「……証拠隠滅?」

「コイツをあの場に置いていたら、ソラリスが傷害容疑で手配されるです。だから、無かったことにするです」

「それは無理があるんじゃないかな?」


 あの場には多くの目撃者がいた。彼らが証言すれば、目立つ格好と容姿をしているソラリスだと、すぐに分かるだろう。


「ふふふ、ししょー。僕たち魔法使いですよ。証拠を消すなど、おちゃのこさいさいですよ」

「まさか、殺すのか?」


 ナオミがぎょっとすると、ルディが呆れた視線を向けた。


「……ししょー。今までの人生が過酷だったからって、その思考はさすがにねーです」

「……すまん」

「回復魔法でコイツ治せば、証拠ねーです」

「あーそっちか。と言う事はさっそく試すのか?」

「ししょーが考えた回復魔法の実践です」


 ナオミはルディと出会って人体の構造について学び、より効果的な魔法を開発していた。

 ただし、魔法を使う機会がなく一度も使用していないので、ルディはナンパ男で試すつもりだった。所謂、人柱である。


「人体の構造を知ってれば、この程度の青あざなんてチョロです」


 ルディはそう言うと、ナンパ男の青あざに触れて魔法を発動させた。




 ナオミの見立てでは、ナンパ男の青あざを旧来の回復魔法で消すのに、必要な時間は20分ぐらい。

 ところが、ルディが魔法を唱えると、たちまち青あざが消えてナンパ男の顔が元に戻った。


「うむ。問題ないな」

「バッチグーです」


 旧来の回復魔法は、ただ直接患部にマナを送りながら、「治れ」と唱えるだけ。だが、今ルディが使用したのは止血に特化した魔法。

 青あざは言わば内出血を起こして、血溜まりが皮膚の下にある状態。それならば、魔法で止血してから、保湿、血行促進、抗炎症の3つを促進させれば良いと、ナンパ男の傷をあっという間に治した。




「ん……ううん…ここは?」


 傷が治ってナンパ男が目を覚ました。

 そして、状況を確認しようとしてソラリスと目が合った。


「ヒィ! お前は……」


 どうやらソラリスに殴られた記憶が残っていたらしい。

 周囲を警戒中のソラリスを指さして悲鳴を上げた。


「気が付いたですか?」

「お前たち、こんな事して無事では済まないぞ!」


 ルディが話し掛けると、ナンパ男が睨み返してきた。

 話し方に軽薄な感じが消えて、上から物を言う感じに変わっている。


「どう済まねーのか、聞きてーです」


 そう言ってルディが微笑む。だが、言っている事は荒々しいし、現在ナンパ男を誘拐中。やっている事は誰がどう見ても犯罪者だった。

 美少年の笑顔にナンパ男が誘拐されている事を忘れて、新しいステージの扉を潜りそうになる。


「あっ……えっと……」

「そもそも、怪我なんて何処にもねーですよ」


 ナンパ男は殴られた頬を触るが、痛みを感じず首を傾げた。


「これは一体……」

「お前はナンパに失敗して、ちょっとドリームを見ていただけです。と言う事で、僕たちの事は忘れた方が身のためですよ」


 そう言ってルディたちが立ち去ろうとする。

 だが、人口の多い王都。しかも、市場が近いのに人気がない場所。それは即ち、危険な場所と等しい。

 ルディたちが逃げた先はスラム街の端で、路地の前後を数人の男たちに塞がれていた。




「なあ、面白い事してるみてぇだな。俺たちも混ぜてくれよ」


 ルディたちを囲んでいる男たちの1人が話し掛けてきた。

 他の男たちは、ナオミとソラリスを嫌らしい目で見ながら、囃し立てるように口笛を吹いた。


「……ソラリス。お前、警戒してたとちゃうですか?」

「危険な武器を保持していないので、無害でございます」


 そう答えるソラリスだが、男たちの腰には立派なこん棒や剣がぶら下がっていた。


「「……無害?」」


 無害の意味を考えて、ルディとナオミが腕を組み首を傾げる。


「お、俺は犠牲者だ。助けてくれ!」

「あ、卑怯者です」


 そうルディが言うけど、別に卑怯でもなんでもない。

 ところが、ナンパ男は通路を塞いでいた1人の男に顔を殴られて、地面に倒された。


「な、何で……」

「俺たちがただで助けるとでも? 当然助けるからには報酬は頂くぜ」

「そんなぁ……」


 にやつく男の話にナンパ男が項垂れた。




「人助けをするのも大変だ」


 最初に話し掛けてきた男が、そう言ってヘラヘラ笑った。


「それは僕も思うです」


 この星の人類を救おうとしているルディが同意して頷く。


「……お前、この状況を分かってるのか?」

「もちろんです。お前たちはししょーとソラリスに興奮して、性欲スッキリしてーです。ついでに金を巻き上げて、僕を男娼の店にでも売れば一石二鳥です。当たってるですか?」

「…………」

「ところが問題が1つありやがるです。今の僕たち、あまり揉め事をしたくねーです。だから……」


 そこでルディが困った表情を浮かべて言い淀んだ。


「おい、続きを話せ!」


 男の催促にルディの表情が一変、ニヤリと笑った。


「喧嘩売るなら、お前たち全員殺すですよ」

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