第236話 王都の海産物

 朝食後。

 ルイジアナは、昨晩のうちにレインズが書いた王太子宛の手紙を王城へ届けに行き、ニーナとカールは、他にも王都に知り合いが居るらしく、子供3人を連れて会いに行った。

 今までレインズは近衛兵の格好で登城していたが、爵位を得たことでそれは許されず、服を新調するために、ハクを連れて貴族専門の洋服店に行った。


 残されたルディは王都見物へ行こうと、ナオミを誘った。


「面倒くさい。やだ」


 基本引きこもりのナオミが誘いを断る。


「朝から甘い物食べたから、動かねーとデブるですよ」

「……行く」


 別にナオミは太っていない。逆に痩せている方だが、それでも最近は年齢なのか下腹が少しだけぷにっとしてきて、危機感を感じていた。




 白鷺亭を出たルディとナオミ、それとソラリスは、王都の中央に向かって歩き始めた。

 ソラリスも同伴しているが、彼女は昼ぐらいに輸送機からの荷物が到着するので、途中で退出する予定。


「それで何処に行きたいんだ?」

「市場に行って食材を見てーです」

「お前らしいな。だけど、あまり期待しない方が良いぞ」

「それ、ずっと言ってるですが、そんなに酷いですか?」


 ルディの質問に、ナオミが顎を撫でて考える。


「色々な場所から運ばれてくるから、量だけはあるよ。だけど、種類はデッドフォレスト領と同じぐらいかな」

「輸送に時間が掛かるのと、冷凍保存できねーから、限られた食べ物しか運ばれねー感じ?」

「そんな感じ」


 人類の進化で家庭用冷凍庫が生まれたのは、西暦1803年。

 まだ電気すら発明されていないこの星の文明では、冷凍技術の発明は何世紀も先の話だった。




 王都の道路は石畳で整備されており、家の多くは2階建てだった。

 2階建てが多いのは、規制されているのではなく、まだ高層建築の技術がないから。

 上下水道は完全に完備されておらず、場所によっては肥えた匂いが漂ってきた。


 ルディが王都を歩いて一番面白かったのは、豚が放し飼いで歩いている事だった。

 ナオミの説明によると、豚は何でも食べるから、路上に捨てられた馬の糞を食べさせるために、放し飼いにしているらしい。

 豚の飼育業者は国から許可を得て放し飼いしており、豚の後ろ脚には持ち主の焼き印が押されていた。


「うんこが餌ですか……」

「内臓系は完全に駄目ですね」


 ルディが呟きに、ソラリスが応えた。

 2人は大腸菌による食中毒を考えて、どんなに安くても豚肉は購入しないと決めた。


「ところが、ここに住んでいる人間には、腸詰のソーセージが何よりものご馳走なんだな」


 この時代のウィンナーは、完全に燻製された上に加熱して食べるので、食中毒は抑えられている。

 それでも、菌が居ると分かって食べるのは、ルディからしてみれば、あり得なかった。


「うへ……信じられねーです」


 ルディの反応が面白くて、ナオミは笑っていた。




 市場には数えきれないテントが張られていた。

 至る所で商人が声を張り上げ、客寄せや値下げの交渉をしていた。

 それと、肉屋の近くには、牛や豚、鳥などが生きたまま柵の中に居た。

 おそらく鮮度を維持するため生きたまま連れてこられて、食料として売られたら屠殺するのだろう。


 市場に広がるにぎやかな声に、ルディは活気があると思った。

 ルディたちが市場を歩いていると、すれ違う人達が彼らを物珍しい目で見ていた。

 ルディの格好は北の小民族衣装。ナオミの格好は宇宙のファッションをベースにした彼女のオリジナル服。そして、ソラリスが着ているのは気品のあるメイド服。

 ハルビニア国にもメイド服はあるが、それを着る資格を持っているのは、王宮勤めか高貴な貴族の女中のみで、下位貴族のメイドは私服を着ているのが一般的だった。




 ルディは市場をキョロキョロ見渡すと、食品を扱っている屋台を覗いてみた。


「いらっしゃい。何かお求めで?」


 屋台から細い目をしたお婆さんが現れて、ルディに声を掛けた。


「おもしれー食べ物探しているです。何かありやがるですか?」


 ルディの喋りにお婆さんが目を大きく広げると、笑いだした。


「ひゃっひっひっ。ずいぶんと面白い喋り方だね」


 そう笑うお婆さんも歯が半分ないせいで、笑い方が変だった。


「よく言われるけど、気にしてねーです」


 ルディが言い返して、平棚に並んである商品を見る。

 どうやらこの店は海産物を取り扱っているようで、海産系の干物が並んでいた。


「むむむ。これは昆布で、そっちはホタテの貝柱です。鰹節があればなお良しですが……」


 残念ながら、鰹節は置いてなかった。


「鰹節が何か知らないが、これなんて珍しいよ」


 そう言ってお婆さんが見せたのは、塩漬けされたニシンの卵だった。


「数の子です。久しぶりに食いてーですね。親の方は扱ってねーですか?」

「そっちも食うのかい? もちろんあるよ」


 お婆さんがしまってあった身欠きニシンを見せた。


「良いですね。昆布とニシン、後はかんぴょうがあれば、昆布巻が作れるです」


 身欠きニシンを戻すのに一晩掛かる。

 明日の夕食は和食に決まった。


「かんぴょう? これまた聞いた事のない食べ物だねぇ……」

「ゆうがおの果実を細く切って、乾燥した食い物です」

「うーん。それなら3軒隣の店を覗いてごらん。あっちも珍しい品を揃えてあるよ」

「分かったです。じゃあ、今の全部買ってやるです」


 ルディが財布からガンダルギア金貨を出して渡そうとする。すると、金貨を見たお婆さんが驚いて、慌ててルディの持つ金貨を両手で隠した。


「坊や、馬鹿かい。こんなところでそんな金貨を人前で見せるんじゃないよ!」

「おっと、失敗したです。それにしても、この金貨、使えねーですね」


 ルディがぼやていると、後ろで控えていたソラリスが話し掛けて来た。


「ルディ。ここは私が支払いします」

「お前、お金持ってるですか?」

「レインズ様から、給金を頂いておりますので問題ございません」


 ソラリスは別にお金などいらなかったが、レインズは遠慮する彼女に過分な給金を渡していた。


「じゃあ、支払いよろです。後で返すから電子領収書……はねーから、ハルに報告しろです」

「別に返す必要はございません」

「金の貸し借りは、アンドロイドでもきちんと守る。これ基本です」

「……分かりました」


 意外な所で律儀だと思いつつ、ソラリスはお婆さんにお金を払って商品を受け取った。


 ルディとソラリスが、通路で待っているナオミの元へ戻ろうと振り返る。すると、ナオミが男性にしつこく話し掛けられていた。

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