第235話 甘い朝食

 翌日。ルディが起きると、睡眠の必要のないソラリスが、全員の朝食を作ろうとしていた。


「おはようございます」

「おはよう。今日の朝ご飯は何ですか?」

「昨日の夕食がマレーシア料理だったので、ロティ・チャナイにしようと考えています」

「なかなか良いチョイスです。ソースはカレー……いや、昨日の夜、辛いの食べたですから、朝は甘い方が良いです。ソースは僕が作るです」


 ロティ・チャナイは、小麦粉をベースにバターや塩、砂糖を加えてふんわり焼いたインド発祥のクレープ。

 生地を伸ばすときに空気を入れるので、食べると中はふんわりして、外はサクッとしている。

 マレーシアでは、朝食にカレーソースを付けて食べるのが基本だけど、フルーツや生クリームを合わせて、甘いデザートとして食べるのも美味しかった。


「分かりました」


 ソラリスが小麦粉にバターと塩、それと砂糖と牛乳を加えた贅沢なクレープを作り始める。

 その横では、ルディが家から持ってきたカスタードクリーム、チョコレートソース、イチゴジャムのソースを用意した。

 ルディも協力して、フライパンでクレープを焼き始めると、店の中を砂糖と牛乳、それにバターを加えた甘い匂いが漂い始めた。




 ホワイトヘッド傭兵団は白鷺亭を拠点にしているが、80名近い彼らを泊まらせるほど白鷺亭は大きくない。そこで彼らは、白鷺亭の近くの宿屋で素泊まりして、食事はスタンと旧知の仲で安くしてくれる、白鷺亭で取るようにしていた。

 そして、昨晩は香辛料の匂いに打ちのめされた傭兵たちが、朝食を食べに白鷺亭に行く。すると、今度は甘い匂いを嗅がされて、生殺しの目に遭っていた。


「何だこの匂い。やべえ、勝手に腹が鳴る」

「いいなぁ……俺も食いてえ」

「地獄だ……こんな拷問、聞いた事ねえ……」


 ルディからしてみれば何時もの日常なのだが、傭兵たちからすればたまった物じゃない。

 食べれないと分かって、食慾をそそられる匂いを嗅がされる。それは拷問に近い状況だった。


「なあ、マスター。あれと同じ物は作れないのか?」

「無理だな。材料を聞いたら、牛の乳から作るバターがない。それに、もし作れたとしてもすごく高いぞ」


 1人の傭兵が店の店長に尋ねると、彼は頭を横に振って答えた。

 冷蔵庫の無い世界では、バターは冬ぐらいしか目にする事ができない。

 傭兵だって値段が高いぐらい分かっている。だけど、それでも食べたい。だけど、材料がなければ作れない。結局、どう足掻いても食べられないと分かると、ガクッと肩を落とした。


「なあ、材料費と手間賃を払うから、奈落の魔女に頼んで作ってもらえないか?」

「それも無理らしい。材料は彼らの分だけしか持って来てないと言っていた」


 別の傭兵に店主が話していると、ルディが出来立ての朝食を持ってマスターの所に来た。

 ルディと出来立ての料理を見たマスターが、このタイミングで来るか! とぎょっと目を広げた。


「マスター、マスター。厨房を使わせてくれたお礼、持ってきやがったです。これ、おすそ分け、どうぞです」


 見た目は15歳の美少年。その笑顔はまるで無邪気な天使。

 だけど、やっている事は悪魔の仕業だと思った。


「あ、ありがとう。ありがたく頂くよ……」


 大勢の視線が痛い中、店主はルディの作った朝食を受け取り、引き攣った笑みを浮かべて頭を下げた。


「なあ、今度はどんな味だ?」


 ルディが去った後、店主がロティ・チャナイにチョコレートソースを付けて食べていると、傭兵の1人が話し掛けて来た。


「妻と愛人と高級娼婦が同時に耳元で囁くぐらい甘い。これがハーレムか……」




 ナオミたちが甘い匂いに誘われて1階に降りると、テーブル席の前でスタンが待っていた。


「……もしかして、お前も食べるのか?」


 ナオミがスタンに話し掛けると、彼は両手を合わせて拝みだした。


「飯抜きは昨日の夜だけだったよな。ルディ君に聞いたら、お前の許可が出れば食べて良いらしい。一生の頼みだ、俺にも食わしてくれ」

「後で部下に叩かれるぞ」


 ナオミが肩を竦めると、スタンが真剣な眼差しで見返して来た。


「その覚悟はできている」

「じゃあ、勝手にしろ」

「感謝する!」


 ナオミの許可を得られたスタンは、天にも昇る気持ちになってはしゃいだ。




 全員が揃って、ロティ・チャナイを食べる。

 甘いクレープは外がパリッと中はふんわり。甘いソースが食慾を増大させた。


「昨日の辛い料理も美味しかったけど、僕はこっちの方が好きだな」

「フランツは甘党ですね」

「俺は辛くても甘くても両方イケるぜ」


 大食いのションがたっぷりとチョコレートソースを付けて頬張る。その横では、スタンが彼以上にクレープを食べながら「美味い、美味い」と言いながら泣いていた。

 ちなみに、彼は食事後、傭兵の仲間たちからぼっこぼこにされた。


 和気藹々と朝食を取っていると、支給係のソラリスがルディの耳元に近づいて、小声で話し掛けて来た。


「ニーナ様とルイジアナ様が化粧品の販売許可を求めていますがどうしますか?」

「化粧品?」


 ルディが首を傾げる。少し考えて、昨日そんな話をしたなと思い出した。

 ルディからしてみれば、化粧なんて興味ないし、作ろうと思えば大量に作れる。


「タダで渡しても良いけど、向こうが遠慮しそうです。適正価格で売りやがれです」


 たかが化粧品で歴史が大きく変わるとも思えない。ルディはそう考えてあっさり許可を出した。


「分かりました。ハルに頼んでこちらに輸送します」

「ご勝手にです」


 ルディとの話しが終わると、ソラリスが無表情のまま、両腕を伸ばして大きく丸を作った。

 それを見てニーナとルイジアナは喜び歓声を上げる。逆に男たちはソラリスの突然の行動に首を傾げた。

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