第232話 多国籍料理

 ルディが1階に降りる途中、フランツが後ろから追いかけて来た。


「ルディ君。これからご飯作るんでしょ?」

「そーです」

「だったら僕、手伝うよ」

「お願いするです」


 ルディの許可にフランツがはにかんだ。


「それで今日は何を作るの?」

「そーですね。久しぶりにフランツたちに会ったから、豪華な飯にしたいです」

「やったね! そうそう、ション兄さんが旅の間、ずっとルディ君のご飯が食べたいって毎日言ってたよ」

「兄貴、痩せてるのに大食いです」

「うん。食べた物のが何処に行くのか不思議だよ」


 ルディとフランツが厨房に入ると、バーカウンターの中に居た店主がルディを待っていた。


「話はこのメイドに聞いている。本当は許可しないんだが、奈落を怒らせて店を消し飛ばされてはたまらないからな」

「ししょーはそんな事……しない? ……です」


 ルディは否定しようとしたけど、自分のご飯を食べれないと知ったナオミを予想したら、全否定できなかった。


「……恐ろしい客を泊まらせちまったよ」

「薪代はどーするですか?」

「今日だけじゃないんだろ。チェックアウトするときに請求するよ」

「了解です」


 店主はそう言うと、丁度、注文が入ったのでカウンターに戻った。




「今日は、マレーシア料理を作りやがるです」

「マレーシア料理ってどんな料理?」


 ルディの宣言にフランツが質問する。


「マレーシア料理はマレー系、インド系、中華系が合わさった多国籍料理です」

「よく分からないけど、種類がいっぱいあるんだね」


 ルディの説明は、料理のルーツを知らないフランツに伝わらなかった。


「そうとも言うです」

「ソラリス、お前は米を炊いてからサテ作りやがれです。僕は、スチームボートとナシチャンプルのおかずを作るです」

「分かりました」


 ルディはソラリスに命令すると、フランツと一緒に料理を作り始めた。




 最初に作るのはナシチャンプル。

 ナシチャンプルを一言で言えば、混ぜご飯。だが、日本の混ぜご飯と違って、複数のおかずを寄せ集めて乗せたご飯の意味が強い。

 乗せる食材は鶏肉、青梗菜、ピーナッツ、卵、大豆で作るテンペ、タピオカ粉にエビのすり身をすり潰したクルプックなど。

 味付けは香辛料を多く使い、ご飯に混ぜて食べるから基本的に濃い味付けにする。そして、テーブルソースにチリーソースの一種のサンバルを用意した。


「これも食べ物なの?」


 ルディの手伝いをしていたフランツが、テンペを持って首を傾げた。


「テンペですか? 大豆の発酵食品です。味は納豆に近いけど、臭みや糸は引かねーです」

「その納豆を知らないよ」

「そいつは失礼しやがったです」


 ルディは謝ると、次の料理を作り始めた。




 次に作る料理はスチームボート。

 日本では寄せ鍋、中国では火鍋、タイではタイスキと呼んでいる、東南アジア一帯で食べられている鍋だった。

 具は野菜、きのこ、鶏肉、海鮮、魚のすり身、肉団子、場所によっては湯葉、水餃子、豆腐など、色々な具が入っている。

 スープは鶏ガラのあっさりした味だけど、具から出る海鮮や肉のうまみがスープに加わって、全体の味に深みが出る。

 そして、日本ではタレにポン酢が基本だが、スチームボートに使うタレはチリソース。

 ルディは酸味のある味が好みなので、チリソースにレモンのしぼり汁を加えて、サッパリした辛さに仕上げた。


 ルディが調理している横では、ソラリスがサテを作っていた。

 サテは串焼き料理で大きさも日本の焼き鳥に近いが、鳥以外にも豚、牛、羊の肉を使う。

 作り方は食材を一口サイズに切って串に刺し焼くが、日本の焼き鳥と違って、事前にケチャップマニスという、大豆から作られた醤油に似たソースと、塩、コリアンダーなどの香辛料で作ったタレに付け込むのが特徴。

 ピーナッツソースを付けて食べる場合もあるが、今回はカレーソースを好みで用意した。




「ルディ君、ルディ君……」


 ルディが最後にクルプックを油で揚げていると、フランツが袖を引っ張った。


「フランツ、揚げ物してる時は、袖引っ張る危険です」

「その危険そうな集団がこっちを見てるんだけど……」


 ルディが注意すると、フランツが怯えた様子で厨房の入口を指さした。

 料理に集中していたルディが視線を向けると、店にいた全ての傭兵たちが、厨房の入り口に集まって、ルディの料理に涎を垂らしていた。

 その集団の中には、彼らのリーダー、スタンも含まれていた。


 彼らが集まるのにも理由がある。

 前にナオミが言っていた通り、この惑星に冷凍技術はない。それ故、庶民が食べる料理は都会に居ても保存食が基本だった。

 そして、香辛料は海を挟んだ南国の地にあって、まだ遠洋航海術がないから手に入らない。

 つまり、普段は味気ない料理しか食べない傭兵たちが、匂いに誘われるのは必然だった。




「……先に言っとくけど、おめーたちの分はねーですよ」


 傭兵たちの眼光に若干引いていたルディが、ジロッと睨み返す。

 すると、傭兵たちが悲しそうな表情を浮かべた。


「小僧。いや、ルディ君だったな。俺の一存で今回の依頼を受けたんだから、当然俺の分はあるよな?」


 スタンがそう言うと、彼の周りの傭兵たちが彼を睨んだ。


「ずるいぜ、団長!」

「待て、お前だけ食うつもりか?」

「痛てぇ、殴ったヤツは誰だ!」


 1人だけ食べようとしたスタンに切れた何人かの傭兵が、隠れて彼の脇や頭を殴った。


「ししょー、スタンに今晩飯抜き言ってたです。だからねーですよ」


 それを聞いたスタンは、あの時奈落が言っていた飯抜きとはこの事かと、がっくり項垂れた。

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