第233話 美味しい料理とマズイ酒
「みんなーー! 飯できたですよー。降りてきやがれです」
料理を羨ましそうに見ている傭兵を無視して、ルディがナオミたちを呼んだ。
「この匂いは、久しぶりにタイ料理か?」
降りて来たナオミが匂いを嗅いで尋ねる。
「ちょっと惜しいです。マレーシア料理よ」
「何がどう惜しいのか分からないけど、匂いを嗅いだだけでお腹が空くわ」
ナオミと一緒に降りて来たニーナが、匂いを嗅いでニコニコ笑った。
「親父、兄貴、早く降りて来いよ。待ちきれねえぜ!」
ションが勢いよく降りてきて、カールとドミニクを呼んだ。
「待て。慌ててもルディの料理は逃げん」
「遅れたら親父と兄貴の分は俺が喰うぞ」
「「はっはっはっ。殺す」」
和気あいあいとカールたちが笑って席に座る一方、ルディの料理を食べられない傭兵たちは、少し離れた場所で美味そうな匂いに苦しんでいた。
白鷺亭の店主も傭兵たちと同じく、料理の匂いに腹を空かせていた。
「マスター、マスター」
「……なんだ?」
ルディが店主に近づいて、小分けした料理を目の前に置く。
「これ、厨房を使わせてくれやがったお礼です」
「……マジか?」
店主が驚き、ハッ! と気づいて周りを見れば、多くの傭兵が射殺す視線を彼と料理に向けていた。
ああ、視線が痛い。だけどこれを逃したら、こんなご馳走は一生食べられない。しかも、今日だけでなく、あの少年は暫く厨房を借りる予定だ。最初のこれを遠慮したら、俺は食べないと勘違いして、二度と作ってくれないだろう。
「……ありがとう。代わりに薪代は無料にする」
究極の選択だったが、店主はルディのご飯を選択した。
「それは嬉しいです」
ルディが店主に頭を下げて、皆の所へ戻る。
残された店主は、傭兵の視線を浴びながら料理を一口食べてみた。
そして、あまりの衝撃に目を大きく広げて体を震わせる。
「なあ、どんな味だ?」
1人の傭兵が店主に話し掛ける。
「自分の結婚と子供の出産と子供の結婚を同時に迎えたぐらい、人生で最高の瞬間だ」
ルディが食卓に座ると、既に全員が彼の事を待っていた。
「どこに行ってたんだ?」
「店のマスターに、おすそ分けしやがったです」
「あーうん……そうか……」
カールの質問に答えると、それを聞いた全員が針のむしろに座った店主に同情した。
「そう言えば、スタン殿は呼ばなかったのか?」
「ししょーが飯抜き言ってたから、作らなかったです」
「当然だ」
レインズの質問に答えると、それを聞いた全員がスタンに同情して、ナオミを鬼だと思った。
支給係のソラリスがエールを全員に配り、カールが立ち上がる。
「それじゃ、久しぶりの再会と、新たな仲間。そしてこれから頑張ろうって事で乾杯!」
『乾杯!』
カールの音頭で全員が店のエールを飲む。
エールを飲んだルディは、温くて酸っぱい酒だなと思った。
顔をしかめるルディに、ナオミがニヤリと笑みを浮かべる。
「お前の酒が美味いと言う、私の気持ちが分かっただろ?」
「……作り方と温度管理が雑です」
ルディはそう答えると、電子頭脳でハルに連絡して、輸送船で酒を持って来るように命令した。
「辛い。だけど美味い!」
「いいなコレ。おかずと一緒に米が食えるのがイイ!」
「ルディ君。このお米って前に食べたのと少し違うね」
カールの息子3人がナシ・チャンプルを口いっぱいに頬張り、フランツが質問してきた。
「タイ米、言うヤツです。水気のねー米ですが、炒め物や辛い料理に合いやがるです」
「前に食べたお米も美味しかったけど、このお米も美味しいわ」
ルディの返答にニーナが頷き、ナシ・チャンプルの米とおかずを掬って上品に食べていた。
ソラリスがスチームボートを小皿によそって全員に渡す。
レインズが熱々の具にチリソースを付けて食べる。
すると、熱さと辛さで、たちまち体中から汗が出た。
「辛い、熱い。だけど美味い!」
「寒くなったこの時期には、丁度良い料理ですのう」
「美味しいです」
レインズの後から食べたハクとルイジアナが頷いた。
ルイジアナの料理に対する語彙力は相変わらずない。
「このサテは、この前食べた焼き鳥とはまた違う感じだな」
「焼き鳥の方が良かったですか?」
サテを食べるナオミにルディが話し掛けると、頭を横に振った。
「いや、食べるとピリッとした感じは私の好みだ。問題はやっぱり酒か……」
「それは分かるぜ。前に飲んだルディ君の酒は美味かったからな。おかげ様でアレを飲んでから、他の酒が不味くて飲む量が減ったよ」
「おかげで家計が助かっているわ」
ナオミの話にカールが同調して、酒量が減ったニーナが微笑んだ。
「仕方ねーです。酒は作るときも作った後も、温度管理が重要です。いくらうめー酒作っても、日向に置きっぱなしの酒は、味落ちるですよ」
「確かにな。このエールも、もう少し冷えていたらなとは思うぜ」
ルディはエールの入った木のコップを見つめて、カールの言う通り冷やしたら多少は美味くなるかもと考えた。
そう考えると、やってみたくなるのがルディの性格。
小声で魔法を詠唱する演技をして、電子頭脳で魔法を構築する。魔法で手のひらをマイナス5度にした。
ナオミがそれに気づいて、ルディの魔法を見る。
「お前は相変わらず変な事に魔法を使うな。だけど、面白いから私もやってみよう」
ナオミも同じく魔法でエールを冷やしていると、ションがルディに話し掛けてきた。
「なになに? 何か面白い事してるじゃん」
「兄貴もやってみるですか?」
「やってみるけど、どんな詠唱だ?」
「『手のひらが水より冷えろ炎』です。マナの量で温度変わるです」
「水じゃねえの? 炎の魔法ってマジ?」
予想していた系統の魔法と違って、ションが目を大きく広げた。
「マジですよ。温度調節は、水より火の魔法の方が簡単です」
「さすが奈落様の弟子だな」
ションが褒めると、ルディの師匠を自負するナオミがドヤ顔を浮かべた。
こうして、周囲の羨む目を無視した食事会は楽しく続いた。
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