第230話 スタンとの交渉
カールに呼ばれたルディたちが、白鷺亭の中に入る。
ルディは傭兵と聞いて乱暴者のイメージを持っていたが、店の中の傭兵たちは、不機嫌そうなナオミを恐れて委縮していた。
だけど、彼らは脚を組んでスリットから見え隠れするナオミの太ももを、こっそり見るスケベ心は失っていなかった。
カールの命令で息子3人とニーナは、馬車の荷物を2階の客室に運び始める。ルイジアナとソラリスも、ニーナと一緒に女性の荷物を運んだ。
ハクはレインズの左右に、カールとナオミという大陸でも最強の2人が居るならばと、荷物運びを手伝った。
特に命じられていないルディは、むすっとしているナオミの元に近づいて声を掛けた。
「ししょー、なんで不機嫌ですか?」
「別に不機嫌じゃない」
そう言い返すナオミだが、誰がどう見ても不機嫌そうだった。
彼女は自分が見ても醜いと思っていた火傷跡について、何を言われようが別に気にしなかった。だけど、服装がダサいと言われたのは許せなかった。
確かにあの頃は、外見など気にせず実用重視で服を選んでいた。ニーナからは、もう少し身を綺麗にしたらと窘められていたけど、無視していた私も悪いと思う。
だけど、先ほどカールが服装が酷いと言われた後、スタンだけでなく、この店に居た傭兵、それにカウンターの店主もが、その通りだと頷いたのは納得いかなかった。
「ししょー? もしかして、娼館でケツを掘られていそうな子供は、お前の弟子か何かか?」
スタンがナオミに質問する。
「私の弟子のルディだ。それと、お前は今晩の飯抜きな」
スタンからしてみればただの冗談だったが、ただでさえ不機嫌なところに弟子を馬鹿にされて、ナオミのイラつきが増大した。
「……?」
自分の飯ぐらい自分で金を払う。スタンはナオミの言っている意味が理解できず首を傾げた。
ナオミから「お前も座れ」と命じられて、ルディが椅子に座る。直ぐにレインズがカールに連れられて同席した。
「さて、いい加減に仕事の話をしよう」
「……ししょー、まだ何も話してねーですか?」
「こいつ等、私に驚いてばかりで何も話せなかった」
「予想はしていたが、面白かったぜ」
横からカールが冗談を言うと、ナオミが睨んだ。
「カール。お前も今日の飯を無しにしてやろうか?」
「待て、それだけはマジで勘弁してくれ。俺はルディ君の飯を食べるのを旅の間ずっと楽しみにしてたんだ」
カールの平謝りに、ナオミがふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。その様子にレインズが苦笑いを浮かべ、スタンは一体何のことか分からぬままだった。
ナオミが右手を上げて魔法を詠唱する。テーブル席の周りに膜が張られた。
「今の魔法は?」
「防音の魔法だ。膜の外には声が聞こえなくなる」
「そんな魔法があるのか……」
スタンの質問にナオミが答える。ルディ以外の全員が、聞いた事のない便利な魔法に驚いた。
音は空気を振動して伝わる。それならば、声の振動を消す膜を張れば、声は聞こえない。ナオミは最近になってハルからそれを学び、オリジナルの魔法を開発していた。
「まず紹介しよう。彼はレインズ・ガーバレスト子爵。デッドフォレスト領の新領主だ」
「……貴方が王太子の懐刀ですか。良い貴族が領主になったと、この城下町まで噂は広まっています」
レインズが貴族と聞いて、スタンが言葉遣いを改めて頭を下げた。
一応彼も元王族。普段は使わないが敬語は普通に話せる。
「俺は貴族と言っても兵士だった時期が長かったから、貴族の暮らしに慣れてない。この場での敬語は結構」
「分かった、そうさせてもらう。それで、俺たちに何をやらせるつもりだ?」
「ローランドが来年の春に戦争を始める。相手はレイングラード王国だ」
カールの話にスタンが肩を竦めた。
「その噂は俺の耳にも入っている。とっくに奈落は西に居ると思っていたが、まだこっちに居る事に驚いているよ」
ローランド国との戦争に、奈落の魔女在り。
彼女の故郷が滅ぼされた後、常にローランド国と戦っていたナオミの噂は、戦場に出る人間の間では有名だった。
「もちろん。今回も私は戦争に参加する。それにカールもだ」
「アンタは当然だとして、カールの旦那が戦争に参加するのは珍しいな。あーいや、レイングラードは旦那の故郷だったか?」
「よく覚えていたな。ついでに言うと、俺は国王の双子の弟だ」
「……は?」
カールから予想していなかった返答が来て、スタンが口を半開きに開けた。
「俺はレイングラードとハルビニアの間で、軍事同盟を結ぶための大使として来た」
「…………」
「だが、この国はまだローランドへの危機感が薄い。軍事同盟を結びたくても、戦争反対派の貴族が反対するだろう。だから、俺は密かに王太子と会う」
「…………」
「同盟が結ばれたら、ローランドがレイングラードに戦争を仕掛けると同時に、ハルビニアが背後からローランドに侵攻する。その計画に、お前の助けが欲しい」
「…………」
カールの話が大きすぎて、スタンの思考は停止していた。
1分ぐらい待ってスタンが意識を戻した。そして、首を傾げながら口を開いた。
「あーー。分かったような分からないような。なんか話の規模が大きすぎて、理解の範疇を超えている。そんな感じかな?」
「まあ、気持ちはわかる」
スタンの話にレインズが同意して頷いた。
「それで、俺たちが必要というのはどういう事だ?」
そこでナオミの口から、王太子が戦争すると言っても貴族は動かず、国軍だけで戦う事になる事を話す。
それならば、宣戦布告と同時に、少人数でローランドの重要拠点を占領して、実績で戦争反対派の貴族を黙らせる事を説明した。
「……まあ、この国の貴族には俺も思うところはある。で? 一体どこを占領しようってんだ? あまり小さな場所だと反対派は納得しないぞ」
スタンの頭の中では、デッドフォレスト領に近い場所を考えていたが、ルディの一言でその考えをあっさりと否定された。
「カッサンドルフです」
「馬鹿か?」
即答だった。
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