第225話 ニーナからの連絡

 ゴブリン一郎が初めて魔法を使ってから2日後。

 ハルが魔法アプリケーションの作成を終えた。このアプリケーションを使えば、本来ならば脳の上位マナニューロンが構築する魔法の構文を、ルディの電子頭脳がバッテリーのマナを使って構文を構築する。そして、構築した構文をパワーコンディショナーに送って、マナニューロンに変換する事ができた。

 ついでに、ルディの要望で1万件の構文を保存する事ができる仕様。

 その結果、ルディは魔法を使いたいと思ったら、集中する必要も詠唱する必要もなく魔法を放つ事ができた。


「……ルディ。無詠唱は人前でやらない方が身のためだぞ」


 無詠唱で指先にぐるぐる回る炎を出したルディに、ナオミがため息を吐いてそう指摘した。

 この星では無詠唱で魔法が使える人間は居ない。もし、ルディが人前で無詠唱の魔法を見せびらかしたら、研究熱心な魔法使いは、無理やりにでも理論を聞き出そうとするだろう。


「めんどー事は嫌ですね。絡んできたら追っ払うです」

「まあ、その時は私の名前を出せばいい」

「その時はよろしくです」


 悪名名高い奈落の魔女の名前は、一般人よりも魔法使いに恐れられている。彼らも命が欲しいから、ナオミの前には近づかないだろう。




 ゴブリン一郎は魔法を使えるようになって、もっと色々な魔法を教えて欲しいと頼むが、ルディも魔法使いとして、まだ新人。

 そこで、彼に替って、ルイジアナがゴブリン一郎に魔法を教える事になった。当然、言葉が通じないから、コミュニケーションは紙とクレヨン。


「やっぱり、一郎君はゴブリン族だからか、放出系の魔法よりも肉体強化系の方が適正がありますね。そっちの方を伸ばしていきましょう」

「ぐぎゃぎゃぐぎゃぎゃ(ルイちゃんが言うなら、任せる)」

「では、まずは防御系から、魔法抵抗値の強化ですよ」

「ぐぎゃぎゃ(分かった)」


 ルイジアナはハルビニアの宮廷魔術師だった頃、多くの貴族から子供の魔法教育を受け持った経験があった。そして、優しい性格から教え方も上手かった。

 彼女はゴブリン一郎の適正を見抜くと、それを強化しようと考える。


 そして、ゴブリン一郎の方は、絵を使って魔法を教わるにつれて、言葉を少しづつ理解し始めていた。

 本来、ゴブリンに彼のような知性はない。だが、ルディに拉致されて最初のワクチンを打たれた時、ワクチンの副作用で身体と知能の成長度が上がっていた。

 ルディも同じワクチンを接種しているが、彼の頭は電子頭脳なため効果がなく、ワクチンで知能が上がる事にルディもハルも気づいていなかった。

 ルイジアナの丁寧な教育、ワクチンの副作用、その相乗効果が合わさって、ゴブリン一郎の知能は、誰もが信じられないぐらい一気に上昇した。


 絵というコミュニケーションを知ったゴブリン一郎は、自分の気持ちを描いてルディに伝える。

 その絵はらくがきの様に下手くそだったが、それでもルディは初めて彼の気持ちが分かって喜び、彼を抱きしめた。

 ちなみに、その絵を見たルディは、自分への感謝を描いたと思っていたが、ゴブリン一郎は腹が減ったからルディの飯が食いたいと描いていた。




 こうしてルディとゴブリン一郎が魔法を習い始めて、1カ月が過ぎた頃。ナオミのスマートフォンにニーナから連絡が入ってきた。


『ナオミ、元気?』

「こちらは元気だ。そっちは大丈夫か?」

『順調よ。さっきピースブリッジを渡ったから、あと1週間ぐらいで王都に着くわ』

「予定よりも早かったな。もう少し時間が掛かると思っていた」

『ほとんど休んでないから大変だったわ』


 ニーナの声のトーンが下がって、ナオミが察した。


「こっちも1週間後、王都に着くように調整する。そうだな……白鷺亭を知っているか?」

『ええ、覚えているわ。たしか、店主が元傭兵だった宿屋よね』

「そうだ。今回の戦争でホワイトヘッドを雇う。あの宿屋は昔と変わらなければ、今も彼らの止まり木のはずだ。だったら、そこに泊れば安全だろう」


 ホワイトヘッドとは、ハルビニア国に活動拠点を置く傭兵団で、彼らの大半がローランド国に支配された国の亡命者だった。

 そして、都会の宿屋は絶対に安全とは言えず、隣の客が盗みを働くなどよくある話。だが、傭兵を雇えば、彼らが護衛をしてくれるので、安全だろう。


『……もしかして、面白い事を考えてる?』


 傭兵を雇うと聞いてニーナが質問すると、ナオミが笑い返した。


「それは会ってから話そう」

「……了解。期待して待っているわ」




 ナオミはしばらくニーナと雑談した後、電話を切ってルディに声を掛けた。


「どうやら休息は終わりらしい。1週間後に王都へ行くぞ」


 外でゴブリン一郎とミニサッカーをしていたルディは、ナオミの声に振り向く。その隙を狙って、ゴブリン一郎が彼の横を素早く通り抜けた。


「あっ、一郎きたねーです」

「ぐぎゃぎゃぎゃ。ぎゃがぎゃぎゃ(がははははっ。隙を見せたルディが悪い)」

「少し休憩です。僕、ししょーと話あるです」

「ぎゃぎゃぎゃ(了解)」


 ゴブリン一郎と別れたルディがナオミの側に来て、先ほどの話をする。


「師範が着いたですか?」

「一週間後に王都に着くらしい。それに合わせて私たちも行くぞ」

「了解です。ソラリスにも言っとくです」

「頼む。さて、忙しくなるな」

「そーですね。でも、イージーに行くです」


 ルディはそう答えると、右手の親指と小指を広げて軽く回す「シャカ」のジェスチャーをナオミに見せた。




「王都に行くのに問題が1つある」

「一郎君ですね」


 ナオミの問題提起に、ルイジアナが真顔で答える。ナオミがその通りだと頷いた。


「連れて行ったら間違いなく一郎は殺されて、私たちも反乱分子と勘違いされて捕まるだろう」

「人種差別だと思うです」


 ルディがブーイングを鳴らすが、ナオミは頭を横に振って否定した。


「残念だが一郎は魔族だから。差別に該当せん」

「そんなーです……」


 ガックリ落ち込むルディの袖を、ゴブリン一郎が引っ張った。


「一郎、お前も行きたいですよね」

「ぐぎゃぎゃがぎゃぎゃ(人が大勢居るところなんて行きたくねーよ)」


 ゴブリン一郎が否定しても言葉が通じないから伝わらない。

 そこで彼は紙にクレヨンで文字を書いた。


 ”オレはいいからイきやがれデス”


「……一郎のセリフが格好良いです」

「いや、待て。ルイジアナ。お前、一郎に文字を教えたのか⁉」

「あ、はい。絵が分かるなら文字も教えれば覚えると思って、1週間ぐらい前から教えてます」

「ゴブリンがここまで頭が良かったとは……」


 今までのナオミは、ゴブリンを教育のない暴れるガキというイメージだったが、一郎の知性にその考えを改めた。


「だけど、言葉遣いが滅茶苦茶ですね」

「明らかにお前のせいだ」


 思わずナオミがルディにツッコみを入れる。


「心外です」


 言い返す言うルディだったが、ルイジアナはナオミの意見に賛成だった。

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