第223話 魔法の兆し
「お待たせしやがったです。無事に問題は解決したです」
「……はぁ」
家の地下に行ったと思ったら、30分ぐらいで戻ってきたルディに、ルイジアナが首を傾げる。
彼女からしてみれば、何の問題が発生したのか教えてもらえず、目の前のルディを見れば、どこかしら悲し気な顔を浮かべており、ますます分からなかった。
「今度は勃……僕、大丈夫ですから、お願いします」
「分かりました。ではもう一度やりますね」
ルイジアナとルディが手を繋ぎ、もう一度彼女からマナが注がれる。
今度は体が熱を帯びる事なく、立つ事もなく、ルディは目を瞑って時々首を傾げながら、ルイジアナのマナを感じようと集中する。
すると、繋いでいる手から、体に入り込む液体みたいな物の存在を感じた。
「もしかして、どろっとしたこれですか?」
「感じましたか? 分かりやすいように水のイメージを送ったので、それだと思います」
どうやらルイジアナは、自分のマナを押し付けて来たナオミと違って、分かりやすいようにマナの資質を変化させたらしい。
その説明を近くで聞いていたナオミが、その手があったかと驚く。
ルイジアナは、もしナオミが自分と同じ事をやったら、送った相手がマナを受けきれずに爆発して死ぬだろうから、後で忠告しようと思った。
「そのまま集中して自分のマナを動かして。マナを私に送り返してください」
「やってみるです」
ルディがもう一度、集中するために目を閉じる。
まだ自分のマナは感じないが、それでも体内にあるルイジアナのマナを押し出そうと試みた。
集中してから10分後。ルディが体内にある自分のマナを確認する事ができた。
「おお? なんかマナがぼよよんと感じるです」
「ぼよよん?」
ルディの例えが理解出来ずに、ルイジアナが首を傾げる。
コツを掴んだルディは、自分のマナでルイジアナのマナを押し戻す事に成功した。
「はい。ご苦労さまです。これでマナを感じる事ができましたね」
「色々トラブル発生したけど、何とか出来やがったです」
飛ばされたり、立ったり……思っていたよりも魔法を覚えるのは難しい。
「では今日の残りは、自分のマナを操作する事に慣れましょう。ナオミ様もそれで良いですね」
「……うむ」
ルイジアナに頷くナオミは、自分で教えることが出来ず少し悔しそうだった。
「一郎、魔法の訓練するです」
「ぎゃぎゃ?(なんにゃ?)」
昼寝をしていたゴブリン一郎が、ルディに起こされて目を擦る。
「やっとマナを操作できたから、一郎に教えてやるです」
ルディの話にナオミとルイジアナが、マジ? と目を見張った。
古今東西、ゴブリンに魔法を教えるなんて聞いた事ない。
「いいですか? マナはぼよよんとしているです。僕、ぼぼよんと送るから、お前もぼよよんと返しやがれです」
「ぐぎゃぎゃぎゃがぎゃ?(お前は何を言っているんだ?)」
ただでさえ言葉が通じないのに、今の話は言葉が通じる人間でも理解できない。
首を傾げるゴブリン一郎の手をルディが握った。
「いくですよ」
ルディがルイジアナがやった時と同じ様に、ゴブリン一郎にマナを送る。ゴブリン一郎の手に、ルディのイメージしたぼよよんとしたマナが送り込まれた。
「ぐぎゃぎゃ?(なんやこれ?)」
ルディと異なり、この星で生まれ育ったゴブリン一郎は、送られたマナに気づくと、新しい遊びと勘違いしてルディにマナを送り返した。
「……あれ? 一郎、もうマナを感じて返したですか?」
「がぎゃがぎゃぎゃが(別に面白くもなんともないぞ)」
ナオミとルイジアナが驚いて、お互いに顔を見合わせた。
「ひょっとして、ゴブリンもマナの操作が出来るのか……?」
「もしそれが本当だったら、ゴブリンも魔法が使えるのかもしれません……」
「だけど問題は詠唱だな……」
魔法は指向性を持たせるのに詠唱が必要。
ある程度熟練されると、詠唱の言葉を省略できるが、無詠唱は不可能だった。
ルディは言葉が通じるから問題なく魔法を使えるだろう。
だけど、言葉が通じないゴブリン一郎にとって、それは遥かに高い試練だった。
ルディがマナの操作を覚えた翌日。
今日は簡単な呪文を教える座学だった。
「じゃあ、さっそく教えるけど……本当に一郎も授業に参加させるのか?」
仲良く並んで座るルディとゴブリン一郎に、ナオミが首を傾げる。
「ゴブリンも魔法が出来たら面白れーです」
「ぐぎゃがぎゃぎゃ!(今朝のねばねば豆は美味かった!)」
ゴブリン一郎の言うねばねば豆は納豆の事。ナオミとルイジアナはそれほど気に入らなかったが、ゴブリン一郎は納豆を気に入って、納豆だけでどんぶり3杯お替わりしていた。
「まあ、良いけど。多分無理だぞ」
「無理なら無理で構わねーです」
授業を受けされるルディも、実はそれほど期待していない。
「では、最初は簡単な火の魔法だ」
ナオミはそう言うと人差し指と立てて、『指先に小さく灯て火よ』と詠唱して指先に炎を灯した。
「……構文としては、場所、形容詞、動詞、名詞、と続く。慣れると副詞・連体詞を付けられるが、接続詞は詠唱に使えない」
「文法滅茶苦茶ですね」
「お前が言うな」
「ぐぎゃが、ぎゃぎゃぎゃぎゃ?(もしかして、俺に魔法を教えようとしてね?)」
ナオミが魔法を使ったのを見て、ゴブリン一郎が何をしているのか理解する。だが、俺に魔法? それはさすがに無茶だろうと思った。
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