第220話 ローランドの新たな戦略

「陛下。クリストファー卿とバベル卿が来ました」


 扉をノックする音と同時に、部屋の外から警護している兵士が訪問者の名前を告げた。


「通せ」


 バイバルスの許可が降りて、豪華な扉が開く。

 2人の男性が部屋に入って、バイバルスの前で跪いた。


「楽にしろ」


 バイバルスの命令に、2人が立ち上がる。


 バイバルスの前に立つ1人は、ローランド国宰相クリストファー卿。

 彼はバイバルスが将軍だった頃から宰相に着いていた。そして、バイバルスが反乱を起こした際に彼を支援する。その後、多くの貴族が粛清される中、唯一彼だけが生き残った。

 既に70歳を超えているが、それでも彼の頭脳は優秀で、バイバルスから領地の経営と治安を全て任されていた。


 そして、もう1人はローランド国魔術師団長バベル卿。

 年齢は30代半。金髪をオールバックで纏めている。顔は冷淡な雰囲気で、常に物思いに耽るような目をしている。

 背は高くて180センチを超え、やや痩せているが、美丈夫と言っても良い。

 彼はダンゲル帝国との戦争時から頭角を現し、軍隊長まで出世すると、フロートリア国の戦争では多くの功績を残した。

 その功績の1つに、第二都市に籠城する兵士を殺害するため、一般人諸共、自らの魔法で街を燃やし尽くしたというのがある。

 その残虐性から、『爆炎の魔人』という二つ名が付いていた。

 そして、彼こそが亡命途中のナオミを襲い、彼女の顔に火傷跡を残した男だった。




「これを見ろ」


 バイバルスが机の上に読んでいた陳情書を投げる。

 クリストファーが陳情書をチラリと読み、既に知っている内容だと分かると隣のバベルに渡した。


「バルカス卿が勝手なマネをして、泣きついて来た」


 バイバルスがクリストファーに話し掛ける。その口調はどこか呆れている様子だった。


「なんでもハルビニアのデッドフォレスト領に介入しようとしたら、千人の兵士が彼の息子と一緒に、1発の魔法で死んだらしいですな」


 クリストファーの話に、報告書を読んでいたバベルの眉が動いた。


「奈落の魔女……」


 元フロートリア国公爵令嬢、レイラ・ハインライン・ナオミ・アズマイヤ・フロートリア。

 バベルはフロートリア国との戦の最中に逃がした娘が、ここまで強い魔法使いになるとは思ってもいなかった。奈落の魔女が有名になり、その正体を知った時、彼は珍しく驚いていた。


「おそらくそうだ。陳情書によると夜に太陽が現れて、跡地には草木一本なく、爆心地の中心に金属の塊が地中に埋まっていたらしい」

「その金属の塊は?」


 クリストファー卿が尋ねる。


「回収して運ぶように命令を出した。それで、バベル卿、今の話で何の魔法か思い付くか?」


 バイバルスの質問にバベルが思考を巡らす。

 その様な魔法は聞いた事も見た事も……いや、ある。


「……可能性として高いのは、古代魔法のメテオストライクです」

「古代魔法だと!」


 バベルの返答に、クリストファーが声を出した。


「元フロートリアの王宮図書で、そのような文献を読んだ記憶があります」

「どんな魔法だ?」

「確か……空高くから石を落とす魔法だった記憶が……これ以上は思い出せません」

「いや、その様な魔法の存在が分かっただけでも助かる。再現はできるか?」


 バベルはナオミの魔法の1つ『闇の世界』を調べ、その魔法がただの過剰な視力と聴力の強化だと見破っていた。

 だが、そんな彼でも天動説が主流な今の文明では、古代魔法のメテオストライクが、宇宙から隕石を落とすだけとは、露ほども思っていなかった。


「残念ですが不可能です。奈落の魔女が、一体どうして古代魔法を使えたのか、それすら謎です」

「そうか……お主が逃がした魚は想像以上に大きかったな」


 バベルの返答にバイバルスが冗談を言い返す。

 ローランド国の戦争に必ず現れる、奈落の魔女。彼女によって、多くが殺され、または戦闘不能どころか、目と耳を失って生きる事すらできなくなった兵士の数は6千人を軽く超える。

 ローランド国では奈落の魔女に賞金を懸けたが捕まらず、最近の報告では、多くの魔物が潜む東の森で生息しているらしい。


 バイバルスは、出来れば奈落の魔女を捕まえて、自分の配下にしたいと考えていた。

 だが、奈落の魔女は何年経っても、両親と婚約者を殺した俺を恨んでいる。


 まるで昔の俺だな。


 バイバルスはナオミの姿に、過去の自分を思い浮かべていた。




 そして、バイバルスが2人に命令を下す。


「魔法は解明できなかったが、あの魔女はまだ東に居る。クリストファー卿。ハルビニア、特にデッドフォレスト領と隣接している土地の警備を強化しろ。決して奈落を西に行かせるな」

「はっ!」

「バベル卿。お前は引き続きメテオストライクの魔法を調べて、似たような魔法の開発に努めろ。陳情書を読んだ限りあれは使える。バルカス卿がビビる程度にはな」

「はっ!」


 バイバルスの命令に2人が頭を下げ、部屋を出ていく。


 部屋に1人残されたバイバルスが、椅子に深く座り思考に耽る。

 メテオストライクがどれだけの破壊力かは分からない。

 だが、夜に太陽が現れるほどの派手な魔法なら、敵に見せるだけで怖気付くだろう。

 彼の考えは現代における、戦争で戦略核兵器を脅迫に使うやり方と同じだった。

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