第219話 隻眼の王

 ローランド王国、首都ダイヤモンド。

 白く厳荘な王城の最上階にある執務室では、1人の男が陳情書を読んで物思いに耽っていた。


 彼の名前はバイバルス。


 見た目は40代後半だが年齢は不詳。肌は褐色。顔は強面で彫が深く、癖のある黒い髪を短くして、自然に垂らしている。

 今は座っているので分からないが、立った時の身長は190センチを超え、体は服の上からでも鍛えられる筋肉が見えた。

 そして、彼の右目は生まれた時から失われており、黒い眼帯で隠していた。


 バイバルスは、遊牧民族の子供として生まれた。

 生まれた当時から右目は見えず、先天性な障害のため魔法による治療は効果がなかった。

 彼が14歳の時、集落がローランド国の奴隷狩りに襲われる。

 その時、彼の家族は全員殺されて、生き残ったバイバルスは奴隷狩りに連れ去られた。

 その後、奴隷市場で売りに出されるが片目なのを理由に売れ残り、最終的にローランド国の奴隷兵になる。


 奴隷兵の過酷な環境の中、バイバルスは鍛えられて成長すると、16歳で初陣に出た。

 そこで活躍した彼は、偶然目にした当時の国王に気に入られて、彼の寵愛を受ける事になる。

 その10年後。バイバルスは将軍の地位まで上り詰めると、反乱を起こす。そして、自らの手で国王を殺して、自分が国王の地に着いた。

 バイバルスは、家族を殺された恨みを12年間忘れていなかった。


 奴隷から国王になったバイバルスに対して、周辺国家は元は奴隷だと蔑視していた。そして、今ならローランド国を簡単に支配出来ると考え、連合軍を組んで戦争を仕掛けてきた。


 当時のローランドの人口は、4割が奴隷か元奴隷で、バイバルスは彼らから絶大の人気があった。元は同じ奴隷だった男があれよあれよと出世して、国王になったのだから、それは当然だろう。

 バイバルスは奴隷たちに、戦争に勝てば環境と地位を上げる事を約束して士気を高めると、1対7の状況にも関わらず、周辺諸国への戦争に挑んだ。


 相手は7倍の数。当然、士気を高めただけでは勝てない。だが、バイバルスには長年最前線で戦っていた経験があった。

 当時の戦争は、正々堂々と正面から戦うのが基本だったが、彼はそれを一切せず、夜襲の戦いを好んだ。

 そして、当時はまだ戦略として確立していない伏兵による奇襲。または、謀略による連合軍の仲間割れなども仕掛けて、僅か1年で全ての周辺国に勝利した。


 戦争に勝ったバイバルスは約束通り、奴隷たちの地位を上げて環境を良くした。そして、周辺国の奴隷を全てローランドの兵士にする。

 新たな奴隷の中には、戦争に負けた国の元王子や王女も居たが、彼らも奴隷として扱った。


 この戦争がローランド奴隷王国の誕生だった。




 当時、ローランド国とハルビニア国の間には、ダンゲル帝国という広い領土を持つ国が存在していた。

 その国は何万という数の騎兵を備え、バイバルスが国王になった当時は最強の国家だった。


 ダンゲル帝国は騎兵による機動力を生かして、周辺国への略奪を繰り返す。それは、帝国が遊牧民の国家で国民の生産性が低く、強い軍隊を持っている事から、貿易よりも略奪した方が利益があるからだった。

 略奪の対象となった国は戦力では敵わず、貢物を捧げる事で何とか彼らの略奪を押さえるだけで精一杯だった。


 ローランド国は周辺国家を征服した事で領地を広げたが、ダンゲル帝国と隣国になり、彼らからの略奪が始まった。

 当時のバイバルスは奴隷からの人気は高かったが、平民からの人気は低かった。そして、元奴隷のバイバルスに不満のある者たちが、彼を戦争で殺そうと策略して、ダンゲル帝国と戦えと迫った。

 それで、彼は再び奴隷兵を引き連れて、ダンゲル帝国と戦う事になる。




 兵士の数はローランド国が1万に対して、ダンゲル帝国は2万5千。しかも、相手は全員が騎兵。

 さらに、相手には弓騎兵という、機動力が高くて遠距離攻撃をする兵も居た。

 そこでバイバルスは1万の兵の内8千を谷の左右に隠して、自分が率いる残り2千の兵を先発隊に見せかけて、敵の騎馬隊と対峙した。


 ダンゲル帝国はバイバルスの軍を偶然見つけたローランド国の先発隊だと勘違いし、数も少ない事から潰そうとした。

 それに対して、バイバルスは後退し、ダンゲル帝国の騎兵を谷へ誘う。

 バイバルスは多くの兵を失いつつも谷へ誘い込むと、8千の伏兵が左右から同時に襲い掛かった。


 伏兵に驚くダンゲル帝国は逃げようとするが、騎兵は直ぐに反転出来ない。

 ローランド国による一方的な戦いは続き、夕刻になる頃、ダンゲル帝国2万5千の兵は1人残らず戦死した。


 この戦いはアルン・ジャールートの戦いと呼ばれ、バイバルスの名声を一気に高めた。


 多くの兵を失ったダンゲル帝国は、敗戦の責任を押し付け合った結果、3か月後に国が3つに分裂する。

 そこでバイバルスは、調略を仕掛けて2国を戦わせ、その間に別の1国と戦争して勝利した後、戦争で疲労した2国へ戦いを挑んで勝利を奪った。


 その結果、ローランド国は大陸南の半分を支配した。




 広い領土を手にしたローランドだったが、その全てが内地で海がなかった。そして、元ダンゲル帝国が周辺国に略奪する理由の1つに、国内では塩が取れず、略奪するしか入手できないという問題があった。


 海のある国は短時間で領土を広げたローランドを警戒し、元奴隷のバイバルスに嫉妬した。その結果、ローランド国内の塩の値段が上がり始める。

 このままでは塩が不足になり、海に面した国はさらに塩の関税を上げるだろう。それなら、自ら手に入れるまでだ。


 バイバルスの矛先が西へ向く。


 その3カ月後……結婚式を半年後に控えたナオミのフロートリア国が、海を目指すローランドに征服された。

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