第218話 臭いは美味い
ナオミが鶏肉を噛んだ途端、汁が溢れて甘口のタレと絡む。噛めば噛むほど、口の中に鶏肉の油が溢れて実に美味い。
鶏肉には歯応えと弾力があった。おそらく、肉が大きかったらこの様な歯応えは出せないだろう。それに、箸を使わず串なのも、手軽に食べれて良い。
焼き鳥を二切食べてからビールを飲めば、ホップの苦みが口の中に残っていた鶏肉の油を洗い流した。
「最高だ!」
まだ少ししか食べてないが、焼き鳥を気に入ったナオミが、声高らかに絶賛する。
「まだまだありやがるから、もっと食えです。だけど、一郎、お前はもう食い終わって、お替わり待ってるですか。早えーです」
どうやら気に入ったのは、ナオミだけではないらしい。
ルイジアナは口を動かしながら、手を頬に当てて「ほわぁぁぁ」と幸せな顔を浮かべる。
そして、ゴブリン一郎は大口を開けて1本の焼き鳥を串ごと食べる勢いで齧り付き、3本の焼き鳥を30秒で食べ終えた。
「まあ、足りなかったら、作れば良いだけです」
ルディもネギマを食べて「鳥とネギの相性バツグンよ」と口を動かした。
ルディの言ったとおり、ネギと鶏肉の相性は抜群だった。ネギを食べると中はトロトロして、辛味が甘いタレと絡んで美味しい。
なんこつはコリコリとした食感で、歯ごたえが強い。だけど、これはタレよりも塩で焼いたの方が、美味いかもしれない。他のも食べたいから後回しにするけど、余裕があったら塩で頼もう。
全員が食べ終える前に次の注文を入れ、ビールもお替わりをしていた。
注文が入るたびに、2体のドローンが世話しなく動き回る。もし彼らに感情があれば、注文の多い客だと思っていただろう。
「ところでレインズを王都に連れて行くのに、輸送機を使うのか?」
ナオミの質問にルディが頭を横に振る。
「レインズさんが行くとハク爺一緒ですね……2人だけなら構わねーです。だけど、もしレインズさんの家族も一緒だったら悩むです」
「レインズ様の家族は領地に着いたばかりです。まだ8歳と6歳のお子様がいるので、奥様とお子様は王都へ行かないと思いますよ」
ルディが悩んでいると、ルイジアナが口を開いた。
「そーなのですか? 一応、念押しにソラリスと話して、同行者をハク爺だけにしてもらうです」
「だったら暫くの間、のんびりできるな」
「そーですね。ルイちゃんも旅ばっかりで大変だったです。客室をルイちゃんの部屋にするから、自由に使いやがれです」
ルディの言う通り、ルイジアナは領都から王都へ行き、レインズの家族を連れて領都に戻ったら、今度は雪の大森林へ。彼女は気丈に振舞うけど、旅による疲労は確かにあった。
「ありがとうございます」
ルイジアナがお礼を言っていると、ドローンがゴブリン一郎の前にギンナンを置いた。
「あ、僕もぎんなん食いてーです、当然塩で。それと、しいたけは味噌タレで!」
「私も食べたいから、同じのを」
「私もお願いします」
肉ばかりだと飽きが来る。
ルディの注文をきっかけに、ナオミとルイジアナも同じ注文をした。
「臭いけど甘味くてホクホクしてるな。それにビールとも合う」
「そうですね。だけど、この臭いはどこかで嗅いだ気がします。なんでしたっけ?」
ぎんなんを初めて食べたナオミとルイジアナが首を傾げる。
「もしかしてぎんなん食べた事ねーですか? これはイチョウの実よ」
2人はぎんなんが何の実かを知らず、ルディから答えを聞いて目を大きく広げた。
「イチョウだって⁉ 確かにこの臭い香りは、落ちている実の匂いだな」
「イチョウの実が食べられるとは知りませんでした。だけどあれって、触ると皮膚が腫れませんでしたっけ? だから、毒だと思って誰も食べた事がないと思いますよ」
2人の話に、ルディが飽きれた様子で肩を竦めた。
「もったいねーですね。臭くてもうめー食い物、いっぱいありやがるですよ」
ルディが朝食に納豆を出そうと決めていると、ぎんなんを気に入ったゴブリン一郎がドローンを呼んだ。そして、メニューのぎんなんを指さしてから表手を広げる。これの意味は10本くれ。
「一郎、そんなに食ったら死ぬですよ。後1本までにしやがれです」
「ぐぎゃがが……(だめなのか……)」
ルディに窘められてゴブリン一郎がしょぼんとする。
だが、今の話を聞いた2人がぎょっとした。
「待て。これって食べると死ぬのか?」
「食べ過ぎると死ぬですよ」
ナオミの質問にルディがしれっと答える。
彼の言う通り、ぎんなんには中毒性がある。成人は40~300個、子供は7~150個を一気に食べると危険とされていた。
「別に驚く事ねーです。どんな食べ物でも、同じ物ばかり食べていたら、不健康よ、それが病気になるか死ぬかの違げーです。食は医学にもなるけど、知識がなければ毒に変わるです……だから一郎、ぎんなんは駄目です、しいたけ食えです」
話している間も、ゴブリン一郎がこっそりぎんなんを注文しようとしたから、話を止めて、しいたけを食えと注文を変えさせた。
ルイジアナはルディの話を聞いて、人間のハルビニア国の貴族の多くが短命な事に納得していた。
彼らは毎日贅沢な食事をしているが、料理の大半は肉類が多く、野菜はほとんど食べていなかった。
何故、彼らが野菜を食べないのか。それには、ルーン教が絡んでいた。
ルーン教の教えでは神は上空に居て、天に近い食べ物ほど利益があるとされていた。
それ故に、地中で育つ根野菜などは、貧乏な庶民の食べる物。貴族の料理に出すのは失礼というのが、世間の一般常識だった。
前にルディは食は文化だと言っていた。そして、今度は食は医学だと言う。
その言葉にルイジアナは感銘を受けていた。
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