第217話 ビールに枝豆

 ナオミが1階に降りるとリビングには誰も居らず、テラスの方から笑い声が聞こえていた。どうやら、今日の夕飯は外で食べるらしい。


「ししょー、遅かったです」

「外で食べるという事は、今日は焼肉か?」

「びみゅーにハズレ。今日は焼き鳥です」


 同じ肉なら鳥でも豚でも焼肉で正解だと思うが、どうやらルディの中では違うらしい。

 テラスにはルディが野営でよく使っている、炭火のグリルが置いてあり、その近くのサイドテーブルには、串に刺った生の鶏肉が山の様に積んであった。


「いっぱい作ったな」

「皆が手伝いやがったです」


 ルディがゴブリン一郎の頭を撫でると、彼は嬉しそうにゲラゲラ笑った。

 どうやらナオミが自室にいる間、ルイジアナとゴブリン一郎はルディの手伝いをしていたらしい。


「味付けは醤油、塩、味噌を用意したです」

「ほう? 同じ料理で味付けを変えられるのか」

「そーなのです。しかも醤油は、甘口と辛口の2つを用意してるです」


 面白い料理があるものだと感心していると、ルディが説明を続けた。


「鳥も部位が違えば、歯応えも味も様々です。もも、皮、ネギを間に挟んだネギマ、ミンチにして団子にしたつくねは軟骨少々。歯応えが欲しかったらナンコツがコリコリです。内臓系は白、レバー。それと野菜串にしいたけとぎんなんを用意したです」

「待て待て、そんなに種類があるのか?」

「これでも全然ですよ。鳥だけで30種類以上、豚とか鴨を含んだら、数えきれないほどありやがるです!」


 そんなに種類があるのに、味付けが4つもあるのか……。


「なるほど……確かに楽しそうな料理だな」


 そう言って笑うと、ルディはその通りだと笑い返した。




「焼き鳥の基本は、とり生です」

「とり生ですか?」


 ルディの話に、生の鶏肉を食べるのは危険だと、ルイジアナが目を見張った。


「あ、とり生言っても、生肉は食わねーですよ。焼き鳥には何も考えず最初はビール。「とりあえず、生!」を略して「とり生」です!」

「ビールに生なんてあるのか?」


 今までルディが持ってくるビールは、この星の樽入りビールと違って、瓶に入っている物しか見た事がない。

 彼が言うには「酒好きの僕でも、宇宙船でビールは作らねーです」だそうだ。


「ふふふっ、ししょー。実は家を出るチョイと前にですね、内緒でビール工場を作っていたのですよ」

「ほう? 私に内緒でそんな面白い事をしていたのか」


 ナオミはそう言うと、ルディの頬を軽く抓った。


ひんひーるもうめーれすが瓶ビールもうめーですがほく、ひーるは生がすきれす僕、ビールは生が好きですねえ、ひひょーそろそろはらしてねえ、ししょーそろそろ離して


 ちなみに、ルディが作ったビール工場は拠点の近くにあり、作成は拠点を管理しているドローンがついでに作っていた。


「すまん。柔らかかったから、つい」


 頬から手を放してルディに謝る。

 何故かルイジアナが、羨ましそうにナオミを見ていた。




 ドローンがビールを運んで、茹でた枝豆をテーブルの上に置いた。


「これは収穫前の豆ですか?」

「緑色の時に収穫したのを塩ゆでしたです」

「へぇ……その様な食べ方は初めてです」


 ルイジアナの質問にルディが答える横で、ナオミが枝豆を口に入れて食べ方を教えた。


「枝豆はビールと相性が良くてイけるんだ。と言うか、私は早くビールが飲みたい」

「そーですね。まずは乾杯です」

「「かんぱーい」」

「ぎゃぎゃー」


 ルディの音頭で、一斉にビールを飲み始める。そして、全員ジョッキから口を離すと同時に「プッハー!」と声を出して笑い顔を浮かべた。




 焼き鳥を焼く係は、何時もルディの側に居るドローンだった。

 そして、今は配膳係とサイドメニューの作成係に、もう1体のドローンが控えて、ルディたちの注文を待っていた。


「もも、ネギマ、それとなんこつを……そうだなタレは甘い醤油で」

「私は、ももとつくね、レバーを味噌タレでお願いします」

「僕、もも、ネギマ、白、辛口醤油タレです。一郎は何にするですか?」


 言葉が喋れない一郎に、ルディがメニューを見せる。

 このメニューは一郎の為に、わざわざ写真付きで作った、ハルの力作だった。


「ぎゃぎゃがぎゃが、ぎゃが!(よく分からねけど、全部食べたい!)」


 メニューを見たゴブリン一郎が端から端まで指でなぞった。


「もしかして全部? 食いしん坊ですね。タレはランダムでメニュー順に全部焼くから、適当に食いやがれです」




 注文を聞いたドローンが鶏肉を焼き始める。

 焼き鳥は最初に半分ぐらい焼いてからタレを付けて、また焼くらしい。

 タレの付いた鳥肉から滴り落ちる汁が下の炭に落ちると、周辺に肉汁とタレの甘い匂いが漂ってきた。


「やばい……ルディ、この匂いはやばいぞ」


 そう言えば、朝から全員、何も食べてない。

 食慾をそそる匂いに、腹の虫が鳴りそうになってお腹を押さえると、ルイジアナの腹の虫が鳴った。


「ごめんなさい。我慢できませんでした」

「ルイちゃん。謝る必要ねーです。一郎見やがれです」


 ルディに言われてゴブリン一郎を見ると、彼は腹の虫どころか、口からぼたぼたと涎を流していた。

 その様子が可笑しくて、ナオミとルイジアナが笑う。


「さすが一郎だな。この4人の中で一番の食いしん坊なのは間違いない」

「だけど、今回の旅で一番活躍したのは一郎君です。だから、いっぱい食べて早くマナが回復すると良いですね」


 そうルイジアナが言うけど、この料理は全部ルディが宇宙から持ってきた食材なのでマナは回復しない。


「まあ……そうだな」


 それを知っているナオミが苦笑いを浮かべていると、ルイジアナが首を傾げた。


「焼けたみたいです」


 焼き係のドローンが、グリルから焼き鳥を取って皿に盛りつけると、もう1体のドローンが盛り付けた皿をテーブルに置く。

 早く食べたい。ナオミは焼き鳥の串を掴むと、もも肉を齧りついた。

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