第212話 ルディの訪問とソラリスの説教

「入れ」


 ドアをノックをする音がして、報告書に集中していたレインズは顔を上げずに入室を許可すると、彼の旧友のナッシュが入ってきた。

 ナッシュは元々、裏通りに面していた小さなパブのバーテンダーだった。だが革命の後、文字が読めて頭もそれなりに良い彼は、レインズから助けてくれと頼まれて、今は行政官長の役職を貰って、新人ばかりの行政官を纏めていた。


「レインズ様、来客だ」


 敬語を付けた乱暴な話し方だけど、元々庶民だったから仕方がない。

 それにそれ以上に滅茶苦茶な話し方をする少年を知っている。


「面会の予定はなかったはずだが?」


 レインズはソラリスと妻のルネから厳しく休めを言われて、前よりも仕事量を減らしたが、それでも領主として多忙を極めており、アポイントメントなしの面会は、基本的にお断りしていた。


「ルイジアナ様が奈落の魔女様とルディを連れて、レインズ様に会いに来た」

「……もう?」


 昨日、ソラリスからルディが来るという話は聞いていた。

 だけど、まだ彼らは旅の途中で、戻るのに数日掛かると思っていた。


(いや、待て……この館から一歩も外に出ないソラリスが、話を知っている事、それ自体がそもそもおかしい。と言う事は、既にルディ君は領都に入っていて、カール殿を連れているのか?)


 レインズの予想は全く違うが、そうでなければ日数の計算が合わなかった。


「他に誰か居なかったか?」


 レインズの質問に、ナッシュが顔をしかめた。


「……それが、変な格好のゴブリンを連れていて、それで城門でひと騒ぎあったらしい。門兵がルイジアナ様と奈落様の容姿を覚えていたから、通したけど、先に伝令が俺のところに来た」


 同伴者がゴブリンと聞いて、レインズが笑いを堪える。

 きっと、そのゴブリンは奈落の魔女の家に居候していた、一郎君だろう。

 だけど、ゴブリンだけなら追い払うか殺せば済む話だが、一緒に居るのが奈落の魔女なら話は別だ。もし、彼女の弟子のルディと友達の魔族に危害を加えたら、彼女の逆鱗に触れる危険がある。あの人なら、この領都の住人程度、ものの数分で容赦なく死骸に変えるだろう。


 レインズは城兵の苦労を想いつつ、ナッシュに声を掛けた。


「ルディ君が来たらこの部屋に呼んでくれ。それと、門兵は良い判断だった。褒美に金貨1枚を渡してくれ」

「分かった、渡しておくぜ」


 どうやらナッシュもレインズと同じ考えだったらしい。

 彼は頷くと、一礼して部屋を出ていた。




 それから暫くして、ルディたちが領主館に現れた。

 彼らはナッシュと軽く挨拶した後、途中で合流したソラリスと一緒に、レインズの執務室に入った。

 ゴブリン一郎はレインズの顔を見ると、護衛で彼と何時も一緒だったハクを思い出して部屋の中を探すが、見つからずにしょぼんとした。

 ちなみに、ハクとゴブリン一郎は酒飲み友達。


「ルディ君、それと奈落様、お久しぶりです」


 正面に座るルディとナオミに向かってレインズが頭を下げる。

 本当はもっと早く会ってお礼を言いたかったが、如何せん2人が領都に来ないから言う機会がなかった。


「うむ。ソラリスから話は聞いている。ずいぶんと頑張っているらしいな。ここに来る途中で領都を見たが、領民に活気があったぞ」

「発展しているのは、ソラリスを派遣してくれた奈落様のおかげです。彼女が居なかったら、ここまでの発展はなかったでしょう」


 実際はルディの命令で派遣されて、ナオミは関係ない。

 だけど、ルディは自分の事を知られたくないし、ナオミも彼の面倒ごとは全部自分が被る役割を担っている。

 レインズの間違いにルディたちは反応せず、ただ頷いた。


「ソラリスも大変だったな」

「特に問題ございません」


 ナオミの気遣いに、彼女は無表情のまま頭を下げる。


「ところでソラリス。お前、何時ぐらいに戻りやがるですか?」


 ルディの質問にレインズの心臓が跳ね上がる。

 確かにソラリスは奈落の魔女からの借り物だ。領内が安定したら彼女が去るのは分かっている。たが、まだ彼女に頼りっぱなしの今、突然居なくなったら領内は確実に混乱するぞ。


「現在、進捗率42%。計画では来年の夏から秋の間に一度戻れます」

「もしかして、小麦の収穫待ちですか?」

「左様でございます」

「僕、思うに、今お前が突然帰ったらレインズさんたち混乱するです。戻ってくるときは、数カ月前ぐらいから事前連絡しやがれです」

「私が居なくなっても問題がないように、作業は進めております」


 レインズの気持ちを知ってかルディが忠告すると、彼女は問題ないと返答する。

 その返答に、ルディが分かってないと、頭を左右に振った。


「お前は相変わらずですね。人の心は突然の別れに弱いですよ」

「意味が理解できません」

「お前を人間社会に送ったのは、レインズさんを助けやがるためだけど、それ以外にも、お前に人間の心を知って欲しかったです。どうやら、そっちの方は全く進展ねーみたいですね」

「そのような命令はありませんでした」

「命令などしてねーから当たり前です。だからお前は頭かてーです。そのぐらい自分で考えやがれ、このスットコドッコイです」


 突然始まったルディの説教にナオミが笑い、レインズとルイジアナが目をしばたたかせる。

 特にレインズは、普段は完璧な女性なソラリスが、叱られるという珍しい姿に凄く驚いていた。

 そして、説教されたソラリスは表情を変えず、困惑した様子で首を傾げていた。

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