第211話 俺には荷が重すぎる!

 ソラリスがレインズの執務室の扉をノックすると、扉の反対側から声が返ってきた。


「失礼します」


 許可を得たソラリスが扉を開けて部屋に入ると、レインズは万年筆を置き彼女をソファーに促して、自分も彼女と反対側のソファーに座った。

 ちなみに、万年筆はレインズが羽ペンを何度もインクにさして執筆している様子に、効率が悪いと、春子さんズのイエッタがプレゼントした物。


「お忙しいところ申し訳ございません」

「いや、君の忙しさに比べれば可愛いものさ」


 そう言ってレインズが苦笑いを浮かべる。

 実際にソラリスの仕事量は彼の5倍近くあり、彼女は人間とは思えない速度で仕事をこなし、完成した書類もミス1つない。そして、彼女の作成した詳細設計書と手順書を元に、彼女の配下の「なんでもお任せ春子さん」、今ではソラリスを含めてナインシスターズと呼ばれている8人が、現地に赴いて監督する。

 彼女たちによって、デッドフォレスト領は誰もが思わぬ勢いで急成長していた。




「それで、何やら急ぎの案件が発生したとか?」

「はい。ですがその話をする前に、レインズ様は隣国のローランド国について、どこまで知っていますか?」


 ソラリスの質問にレインズが腕を組み、言葉を選んで口を開いた。


「今は我が国と不可侵条約を結んで安全だが、あの国が西の小国家群を全て征服した後、次に狙うのはこの国だろう」

「ローランド国が西側を全て征服した場合、ハルビニア国との国力差は3対1となり、もし戦争が始まれば、78%の確率でハルビニア国が負ける結果が出ています」

「……そうか」


 ソラリスの話にレインズが顔をしかめる。

 彼とて思うところはある。だが、今の彼はただの地方領主に過ぎない。

 レインズに国の方針に口を挟む権限はなかった。


「ルディが言うには、戦争が始まってから戦うのはただの馬鹿です。だそうです」

「……はははっ、ルディ君らしい。だけど、その言葉は金言だな」


 レインズも元近衛騎士団に所属していた頃は、戦略の知識を学んでおり、ルディの言いたい事は理解していた。


「そこで今回の話に入ります。現在、ローランド国の目標は西国のレイングラード国ですが、その国の王弟のカール様が現在デッドフォレスト領に向かっています」

「なに⁉」


 突然の話にレインズが驚く。だが、彼女の話にはまだ続きがあった。


「彼の目的は、レイングラード国とハルビニア国の間で軍事同盟を結び、両面からの侵攻です」

「ま、待て! 話は本当か⁉」


 内容が衝撃過ぎてレインズが席を立ち、身を乗り出して問いただした。


「嘘ではございません」


 ソラリスの返答を聞いて、一気に疲労が押し寄せる。

 そして、ソファーに倒れ込むと、顔を手で覆ったまま口を開いた。


「聞きたい事が色々ある」

「気が済むまで、どうぞ」

「まず、カールとはもしかして黒剣のカールか?」

「左様でございます」

「で、そのカール殿がレイングラード国の王弟だと?」

「左様でございます」

「彼は有名だが、それは初耳だ」

「彼は国王の双子でございます。王位争いを回避するため、生まれてすぐに里子に出されたそうです」

「なるほど、それなら納得だ。だけど、何故そんな重要な事を俺に聞かせた? 背負うには荷が重すぎるぞ」


 レインズは顔から手を放すと、ソラリスを睨んだ。


「それはレインズ様が王太子の元側近だからです」

「……つまり、俺に王太子への仲介をしろと?」

「それだけではございません。ハルビニア国からローランド国へ進軍するのに、時間と費用が掛からない適した場所は、デッドフォレスト領です。同時に、相手国も同じ様に進軍してくるでしょう。ルディは戦争が始まる前に領地の西に要塞を建てて、そこを防御地点にする計画を立てました」


 その話にレインズは起き上がって姿勢を整えると、頭を横に振った。


「言いたい事は分かる。馬鹿な俺でもあの国が攻めてくるなら、フロントラインを超えているこの領地からしかないだろう。だけど、不可侵条約の1つに、デッドフォレスト領の西に砦を作るな、という項目が含まれているから、要塞の建造は無理だ」

「そうなのですか?」

「確か、最初はデッドフォレスト領の分割の条件を言ってきたのを、交渉で条件を緩めたと聞いている」


 今の話にソラリスが首を傾げた。


「……1つ質問しても?」

「何だ?」

「不可侵条約の話はどちらの国からですか?」

「こっちからだ」

「左様でございますか……」


 別の国と戦争中のローランド国からの話なら理解できるが、なぜハルビニア国からの話なのか……ソラリスは、それが分からなかった。


「クリスの話だと、ああ、クリスというのは王太子な。彼の話だと現国王も近い未来、ローランドがこの国へ攻めて来る事ぐらい分かっているらしい。だけど、この国の戦力だけでは敵わず、戦としたら総力戦だ。当然、国軍だけでは足りないから、貴族たちからも兵士を借りなければ勝負にすらならないだろう」


 ソラリスが頷いて、無言で続きを促す。


「だけど、この国の貴族の大半は戦争反対派だ。負ける戦争なら国王の首を差し出して、自分の安全を図る。結局、今の国王は貴族たちに迫られてローランドと不可侵条約を結ぶしかなかった」

「それは王太子様も同じ考えですか?」

「いや、クリスは今ローランドが西に向いている間にフロントライン南の西へ領地を広げたいと考えている。そして、得た領地を属国にして防衛ラインにしたいらしい。だが、それも反対派からローランドを刺激するという理由で、口にするだけで睨まれている。俺はルディ君の考えも、レイングラードの作戦も理解する。だけど、その程度では反対派の連中を説得させるのは難しいぞ」


 もし、ルディがこの部屋に居たら、その貴族たちを「肥えた豚野郎です」と言っていただろう。


「なるほど。話は理解しました。砦の件はルディが来てからの相談にします」

「ん? ルディ君が来るのか? 確か彼はルイジアナと一緒に、エルフの里に向かったと聞いたが?」

「はい。ただ、今回の事で戻ってくるそうです」

「そりゃ大変だな」


 レインズは笑っていたが、ソラリスから、翌日、ルディが会いに来ると聞いて驚いた。

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