第213話 レインズを説得

「ところで、黒剣のカール殿は来ていないのか?」

「師範はまだローランドに入ったばかりで、急いでも到着まで1カ月は掛かると思うです」


 ルディの返答に、レインズが首を傾げる。

 それなら、どうしてルディ君たちは、今回の出来事を知りえたのだろう。

 その事を疑問に思うが、ルディ君は自分の詮索を嫌う。追求しても不機嫌にさせるだけだろうと、今の考えは忘れる事にした。


「ソラリスからも聞いたと思うですが、僕からもう一度説明してやるです。レイングラードの王様、このままだと負けるの確実。だったら、ハルビニアに反対側から攻めてもらって、ローランドの戦力を削りたいらしいです」

「それは彼女から聞いて理解している。問題は、この国の反戦派の貴族をどう抑えるかだ」

「王子様の独断じゃ駄目ですか?」


 ルディが首を傾げて質問する。


「駄目だな。国軍を動かすだけなら問題ない。だが、この国の半分の戦力は貴族の私兵だ。ただでさえローランドの方が圧倒的に兵士数が多い。半分の戦力では話にもならないだろう」


 レインズの説明に、ルディは頭を左右に振って否定した。


「それは総力戦になりやがったらの話よ。総力戦で負ける分かっていやがるなら、別の戦略で戦えです。ちゅー事で、国軍の兵科と数を教えろです」


 別の戦略? 何を言っているのか分からない。戦争とは軍隊と軍隊のぶつかり合いが基本。補給物資の確保や相手の戦力を削るために、略奪と破壊はするけど、それも決戦に備えた作戦の一つに過ぎない。


「国軍の兵科は騎乗兵で、数は3000人ぐらいだ」


 本当は国の重要機密に当たる。だが、ルディ君なら広めないだろうと、レインズは教えた。


「……それって、もしかして騎士だけの数ですか?」


 戦力の半分なのに兵士の数が少ない。

 そう思ってルディが質問すると、レインズが肩を竦めた。


「当然だろ。従兵や補給兵は含んでない」


 戦うのは騎士の仕事。従兵も戦うが、あくまでも騎士のサポートでしかなく、兵士の数に含めないのが当然だった。


「そいつらを含めやがった数も教えろです」

「そうだな……従兵を入れると3倍。補給兵は500人ぐらいか?」


 数にして9500人。宇宙で大きな戦争があれば、兵士数の数は1億人を軽く超える。

 ルディはこの星の人口数なら、それぐらいかと納得した。


「その従兵も馬に乗りやがるですか?」

「いや、徒歩だ」


 騎士になるには実力は当然必要だけど、それ以上に大金が必要。

 騎士見習いでもある従兵の目指す先は騎士だけど、金がなくて一生従者になるケースが大半だった。

 特に馬は大金がなければ購入できず、仮に手に入っても飼育費が大変なので、それが理由で騎士を断念する従兵は多い。


「なるほど、なるほどです。大体把握したのです」


 ルディ君と会話している間に、ソラリスが全員分の紅茶を入れて、いつの間にかテーブル席には湯気の立つティーカップがあった。

 奈落の魔女が気品ある優雅な動作でティーカップを持ち上げ、口を付ける。そして、一口飲んでからソラリスに微笑んだ。


「久しぶりにお前の入れたお茶を飲んだが、やっぱり上手いな」

「仕様でございます」


 その返答はどうなのだろう。

 それと、久しぶりにあったゴブリン一郎君が大人しいな。いや、よく見たら寝ているだけだった。

 俺も一息入れようと彼女の入れた紅茶を飲もうとするが、その前にルディ君がカッと目を開いた。


「やはり、敵の戦力が西に偏ってるなら、電撃戦です!」


 その声にゴブリン一郎君が飛び上がって起きた。

 だけど、電撃戦とはなんだ? ルディ君以外、彼の言っている事が分からず首を傾げた。




「電撃戦とは、ぱぱっと敵を包囲して一網打尽にする戦略です」

「私は戦争について詳しくないから理解出来ないが、レインズ、お前は分かるか?」


 ルディの説明を理解できず、ナオミが首を傾げてレインズに質問するけど、彼も分からず頭を左右に振った。


「いや、ルディ君。もう少し詳しく説明してくれ」

「レインズさんも分からねーですか? 電撃戦は機動力を生かして、敵の奥深くまで侵入するです」

「……占領はしないのか?」

「そいつは後回しです」


 それで大丈夫なのか? ルディの説明に全員がもう一度首を傾げた。


「今回はまともに戦っても、ローランドに敵わねーです。それなら、敵が西側に兵力を注いでいる間に奥深くへ侵入して、重要な戦略拠点を支配するです」

「……ふむ。破壊工作を先にやる感じか」

「いや、無理だ」


 何となく理解したナオミとは逆に、レインズが否定した。


「何故、無理だと思うですか?」

「この作戦で一番重要なのは土地勘だろう。攻める場所までの道が分からないと迷子になるぞ」

「問題、それだけですか?」


 その程度の問題なら、監視衛星からの上空写真を渡せば済む。


「それ以外もある。長距離の移動で馬が疲れる。騎兵は近くに補給部隊が居なければ、役に立たない金食い虫だぞ」

「ぐぬぬ、そうでした……馬の餌について考える忘れていたです」


 レインズの言う通り、馬では機動力の持続に限界がある。

 電撃戦は、第二次世界大戦でドイツ軍がポーランド侵攻時に初めて実践したが、その時は既に車や鉄道が存在しており、馬の疲労について考える必要がなかったから出来る作戦と云えた。


「だとしたら、本当にピンポイントで、敵の重要拠点だけを落とす必要あるですね。簡単だと思っていたけど、結構シビアです。ソラリス。ローランド東側の地図を書きやがれです」

「分かりました」


 ルディの命令を受けたソラリスが、レインズの机から紙と万年筆を借りる。そして、ナイキからの上空写真を紙の上に投射して、寸分違わず言われた通りの地図を書き上げた。


「…………」


 この星の文明技術では、ソラリスの作成した精度の高い地図など存在しない。もしあったら国家機密に値する。

 その事がレインズの脳裏に浮かぶが、今は国の未来だけを考えることにした。


 ソラリスから地図を受け取ったルディは、地図とにらめっこして、1つの街を指さした。


「ここですね。この街さえ支配すれば、ローランドから東の地域は全部ハルビニアの物になりやがるです」


 その場所は、ハルビニアとローランドを繋げる橋から40km先。

 ローランド国、東の重要拠点、カッサンドルフだった。

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