第206話 これ王命な

 場所は変わって、ローランド国の西側にある小国群の1つ、レイングラード王国の王宮では、カールが国王に呼ばれて彼の私室でソファーに寛ぎ、目の前の国王ラインハルトを見て呆れていた。

 一国の王であり、カールの双子の兄ラインハルトは、双子だけあって顔つきはカールと少し似ている。

 そのラインハルトはソファーの上で寝そべり、カールから貰った借りたスマートフォンを見ながら、ニヤニヤと笑っていた。


「国王、顔がだらしねえぞ」


 そんなラインハルトにカールが話し掛けると、彼はチラッとカールを見て、直ぐにスマートフォンへ視線を戻した。


「2人の時はラインハルトと言え、堅苦しい。それに、双子のお前にだけは顔の事を言われたくない」


 ラインハルトは、普段は真面目で、どんな問題が発生しても、素早い状況判断と適格な指示で、彼の治世では混乱は起こらず、世間では賢王とも囁かれている。

 だが、本性はだらしない性格で、身内だけしか居ないときは普段の真面目な性格をゴミ箱に捨てて、だらけた姿を晒していた。

 ちなみに、カールがわざと国王と言ったのは、敬称ではなくただの皮肉。




「それで、さっきから何を見ているんだ?」

「デッドフォレスト領。いやー、面白いな。あちら、民族大移動しているぜ。一体何が起きたんだ?」


 ラインハルトはスマートフォンを手に入れてから、僅かな人間にしか恩恵を得られない魔法よりも、技術を発展させた方が国益に繋がると考え、スマートフォンの持ち主だった奈落の魔女とその弟子のルディに興味が湧いた。

 そして、今日はたまたまスマートフォンでデッドフォレスト領を観察していたら、多くの人間が西へと移動しており、川の近くでは巨大な建造物が川の水を汲み上げて、水路へと送っている様子を見つけた。


「領主が変わったらしい」

「それだけじゃないだろ」


 ラインハルトはカールに視線を向けたままニヤリと笑い、カールは出来れば誰にも話したくないが見透かされているのに気付いて、仕方なく話を追加した。


「それに奈落の魔女が関わっている」


 カールは直接聞いてないが、妻のニーナはナオミと度々連絡を取り合っており、彼は彼女からのまた聞きで、ナオミとルディの活躍を知っていた。


「やはりな。だけど、この移動は奈落の魔女のせいじゃない。魔法は多くの人間を殺せるが、多くの人間を動かす事など出来ん。おそらく弟子のルディが何かしたな」


 その鋭い指摘に、カールは心の中で勘と頭脳で反対勢力を抑え込んだ能力は伊達じゃないと思った。絶対に本人の前ではその事を口には出さないが。


「そこまでは知らん」

「聞き出せないか?」


 ラインハルトの質問に、カールは頭を横に振って否定する。


「ルディは詮索されるのを何よりも嫌う。それに、俺はアイツのためなら、この命を捧げる約束をした。だから、俺からは何も話すつもりはない」


 その返答にラインハルトがため息を吐く。


「全く……俺とナターシャが命令しても、お前とニーナ、それにお前の息子たちも何1つ話そうとしない。一体、向こうで何があったんだ? 一応、俺はお前の兄なんだがな……」


 ちなみに、ナターシャは彼の妃。元貴族のニーナとは幼馴染の間柄で子供の頃から仲が良かった。それと、カールの息子の3人も義理堅く、ルディたちについては何一つ話をしていない。


「そんな下手くそ演技をしても言わねえよ」

「チッ、バレたか」


 ラインハルトが寝そべっていた体を起こして、カールへ振り向き笑みを浮かべる。だけど、その目は笑っていなかった。




「2日前、密偵が戻ってきた。やはり、春になったらローランドは確実に攻めて来る」


 その話にカールが息を飲む。


「もう外交で逃げるのは無理だろう。奴らの狙いはこの国の鉄鉱石だ」

「周辺国に武器を輸出していたのがバレたか?」


 2年前からラインハルトはローランドに対抗するため、自国で作成した武器を同盟国相手に低価格で販売し、自国と周辺国の軍事力を高めていた。


「奴らも馬鹿じゃない、既に気づいているさ。それに、西で唯一鉄が取れるこの国を落とせば、周りの小国は鉄を入手する手段がなくなる。そうすればローランドは簡単に西の全ての国を征服できる。俺なら確実にそうするよ」

「……それで勝てるのか?」


 その質問にラインハルトが頭を横に振る。


「無理だ。軍事力も経済力も何もかも足りん。このままでは確実に負ける」

「奈落の魔女が居ても?」

「確かに彼女の魔法は心強い。だけど、強いと言っても限界がある。それでも俺はまだ諦めたわけじゃない」


 ラインハルトはそう言うと、カールの目をジッと見つめた。


「東と軍事同盟を組む」


 東とはデッドフォレスト領のあるハルビニア王国を指し、彼は西と東の同時進行でローランド国と戦おうと考えた。


「いや、無理だろう」


 だけど、それをすぐさまカールが片手を左右に振って否定する。

 何故なら、レイングラード王国とハルビニア王国は同盟どころか、国交すらない。それに、ハルビニア王国はローランド国と不可侵条約を結んでいる。


「出来なきゃ負けて、俺もナターシャも息子も殺されるし、国民は全員奴隷扱いだぞ」

「酷い脅しだな。そんな事は分かってるさ。だけど、どうやって結ぶんだよ!」


 カールが声を荒らげて言い返すと、ラインハルトが彼を指さした。


「お前」

「はぁ?」


 意味が分からずカールが素っ頓狂な声を上げる。


「噂によると、ハルビニアの国王は来年になったら王位の座を王太子に譲渡するらしい。今の王は事なかれ主義だが、次の国王はまだ若い。おそらくローランドが西を食い尽くした後は、自分の国の番だと気付いていると信じたい」

「確証しろよ!」


 最後のオチに思わずカールがツッコむが、ラインハルトが無視して話を続ける。


「そこで、今からお前に王位継承権を与えて、王弟としてハルビニアの王太子に会って軍事同盟を結んで来い。これ王命な」

「はぁ⁉ 無茶言うな!」


 あまりにも酷い無茶ぶりにカールがキレた。


「お前なら出来る! 信じてるぞ弟よ」

「だったらお前が行ってこい!」

「国王の俺が行けるか馬鹿!」

「だったら他のヤツに行かせろ!」

「いや、今回の鍵はお前とルディだ、これ俺の勘。だからお前にしか出来ん!」

「お前の勘だけで、弟を何カ月もかかる旅に行かせるんじゃねえよ!」

「国王に向かってお前とは何だ!」

「お前だって俺に向かって馬鹿と言ったじゃねえか。それに、さっきは国王と呼んだら嫌がってたよな!」


 カールとラインハルトが立ち上がって睨み合う。

 すると、執務室の扉が開き、カールの義父でラインハルトの後ろ盾でもある大将軍が部屋に入ってきて、「場所と立場を考えろ‼」と大声で2人を怒鳴りつけた。




 ラインハルトとカールの騒動から数日後。

 カールはラインハルトだけでなく大臣と義父の大将軍から説得され、嫌々ながら王命に従って家族と一緒に、ハルビニア国へと向かった。


 ちなみに、カールの息子3人は、彼とニーナがよく城に招かれていたのは、ニーナが王妃と仲が良いからだと思っていたのだが、カールが国王の双子の弟だと知って驚いていた。

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