第205話 ミリー新天地へ
ルディが雪の大森林でフォレストバードにクンカクンカしている頃。
遠く離れたハルビニア国のデッドフォレスト領では、小麦の収穫が終わろうとしていた。
ミリーの暮らしている村でも例年より早く収穫が始まり、今日は収穫を祝う村祭りが数年ぶりに行われていた。
ルディが居た頃は内気で泣き虫だったミリーだが、この数カ月で性格が明るくなり、以前はぎくしゃくしたタイラー夫婦を新しい親として受け入れた。
時々、前の両親を思い出して涙を流す時もあったけど、その時はルディから貰った人形のラミーを抱き締めながら彼の事を思いだし、悲しみを乗り越えた。
今までは前領主ルドルフによる重税で余裕がなく開けなかった祭りも、今年は税金がないので村にも余裕が生まれ、数年ぶりに開かれる祭りに村民は笑い、ウィートがルディが置き忘れたギターをかき鳴らす。
村民たちはギターから流れる外れた音程に、下手くそとヤジを飛ばしながら踊る。
ミリーも村の子供たちと一緒に踊り、久しぶりに村に帰ったタイラーと彼の腕を組む妻のマリナは、楽しく踊るミリーの姿に微笑みを浮かべていた。
祭りに騒ぐ村民たちだったが、彼らの心の中には土地を離れる不安と悲しみがあった。
ソラリスはデッドフォレスト領の収穫量を増やすために、領地の中央を流れるフロントライン川の東で暮らしている村民を全員移動させて、元領主直営地へ引っ越させる計画を立てた。
その責任者に任命されたタイラーは、草原の村を回って村民たちを説得。
どうしても嫌だと言う村には、来年からの所得税を去年の1.2倍にするぞと脅し、その税収ではとてもではないが生活なんて無理だと、国による暴力的な立ち退きに全ての村が白旗を上げた。
後の村民曰く、「あのおっかねえ顔で脅されたら誰も歯向かえねえよ……」と、タイラーを恨む声があちこちの村で聞こえたらしい。
見知らぬ土地へ引っ越す不安はある。
ずっと暮らしていた土地への愛着だって残っている。
だけど、引っ越し先は今までよりも収穫量が多い元領主直営地で、その土地では労役者によって既に家の建設が始まっているらしい。
タイラーの話では、再来年になると新しい品種の種籾が低価格で売られて、さらに収穫量が3倍になると言う。
今まで苦労しても小麦は僅かしか取れず、その小麦も税金でほとんどを奪われていた。豊かな土地で3倍の収穫量と聞いても想像できない。
それでも彼らは、タイラーとウィートから聞いた、新領主のレインズの人柄を信じて新天地へ引っ越す事を決める。
それは、タイラーの村だけでなく、草原に暮らす全ての村人の意志であり希望だった。
村祭りから数日後。領主が用意した3台馬車が村にやって来た。
てっきり徒歩での移動だと思っていた村民は、連なる馬車を見て驚いた。ついでにタイラーも驚いており、「何でお前が知らねえんだよ!」と、ウィートに突っ込まれていた。
そんな彼らの前にメイド服の女性が降りて、タイラーに頭を下げた。
「タイラー様、お久しぶりです」
タイラーが目の前の女性をじっくり観察する。
ソラリスの部下の1人なのは分かるが、全員が似たような顔と体形をしていて、名前と顔が一致しない。
「えっと……馬車があるって事は物流関係だから、お前はリンだな!」
「正解でございます」
正解を言ったタイラーにリンが微笑んだ。
「次から胸に名札を付けろ。誰が誰だか分からねえ」
「それは失礼しました」
リンはそう言うと、エプロンのポケットから名札を取り出して胸に付けた。
ちなみに、名札には名前の他に赤いチューリップが描いてあり、後でリンは村の子供たちから強請られて、彼らの名札を作る羽目になった。
「なんだ。あるじゃねえか」
「ふふふっ。先ほどのクレームは、多くの人から言われたので、全員で作りました」
どうやら最初に名札を付けなかったのは、リンの冗談で名前当てのゲームだったらしい。
「それで、この馬車はソラリスの計らいか?」
「左様でございます。工数を計算したところ、徒歩よりも馬車で移動した方が効率的に良い結果が出ました」
リンの返答にタイラーが顔をしかめて、髪の毛をボリボリ掻く。
「相変わらず難しい事を考えてるな。まあ、使えと言うならありがたく使わせてもらうよ」
「どうぞご自由に」
こうして、タイラーの村人たちは3台の馬車に荷物を乗せると、長く暮らした村に涙を流して、彼らの長い旅が始まった。
村を離れてから数時間が経過して、旅たちの興奮も冷めた頃。
街道を行く馬車の先に、大きな木造の建築物が見えてきた。
「あれは何だ!」
その建築物を見た1人の村民が指をさして大声で叫び、その声を聞いたミリーが馬車の幌を捲ってひょっこり顔を出す。
建築物は遠くから見ても高く伸びて、頂上部分には大きな4枚の羽が付いており、その羽が風に煽られてゆっくり回転していた。
「ふわー」
「ミリー、アレは風車だ」
感嘆の声を漏らすミリーに、馬車の近くを歩いていたタイラーが建築物の正体を教えると、彼女はそれが何か分からず首を傾げた。
「ふうしゃ?」
「風の力で低い所から水を汲み上げて、高い所へ送るんだ」
「なんで?」
「ルディが言うには、草原に新しい畑を作るらしい」
「ルーくんが? パパ。あれ、ルーくんが作ったの?」
ルディの名前を聞いて身を乗り出したミリーを、タイラーが慌てて抱えた。
「おいおい、危ないから気を付けろ」
「ねえ、ルーくんあのちかくにいるの?」
ミリーの質問にタイラーが苦笑いを浮かべた。
「いや、多分あそこにルディは居ないぞ。実は俺も誰が作っているのか知らないんだ」
タイラーの言う通り、風車はハルの命令に従ったドローンが誰も居ない深夜に作成しており、誰かが近づくとドローンは姿を隠し、こっそり監視していると何故か見つかって、なんでもお任せ春子さんの誰か1人が現れるや、強制的に立ち退きされた。ちなみに、春子さんの強さはお察しの通り。
「そっかぁ…ルーくんにあいたいな……」
しょんぼり落ち込むミリーの頭をタイラーが撫でて慰める。
「ミリーが良い子にしていたら、いつか会えるさ」
「うん」
タイラーとミリーは晴れやかな秋空を見上げて、ルディの事を想った。
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