第203話 ゴブリン一郎の涙

「ぎ、ぎゃが?(あれ、ここは?)」


 ゴブリン一郎が目覚めると空は茜色に染まり、もうすぐ夜を迎えようとしていた。


 起き上がろと頭を上げたが、なんだか体がだるくて熱っぽい。

 額には温くなった濡れタオルが掛けられており、頭を上げた拍子にずり落ちた。


「一郎、目覚めたですか?」

「ぎゃぎゃぁ……(体だっる……)」


 ゴブリン一郎の声が聞こえたのか、マスクを着用したルディが近づくと、落ちたタオルを拾って一旦離れる。そして、渓流の水でタオルを冷たくして戻ってくると、再びゴブリン一郎の額にタオルを乗せた。


「お前が回復するまでここに泊まるです。一郎はゆっくり体を治しやがれです」

「ぎゃぎゃがぎゃぎゃ?(ししょーはどうなった?)」

「お腹空いたですか? お前のご飯もあるから、大丈夫ですよ」


 ルディはそう言うとゴブリン一郎から離れて行った。


「ぐぎゃがぎゃぁ?(何で見捨てなかったんだ?)」


 昔の仲間なら動けないと分かった時点で、その場に捨てられた。実際にゴブリン一郎も足を折った仲間を見捨てた事がある。

 だけど、言葉は通じなかったがルディの雰囲気から、どうやら自分は捨てられないらしい。

 ゴブリン一郎は、たったそれだけの事が嬉しかった。




「様子はどうだった?」


 ルディが戻ってくると、火の番をしていたナオミが話し掛けてきた。


「マソもマナもすっからかんになって、だるそうです」

「急に体内のマナが減少するとだるくなるから、一郎もきっとそれだろう」

「まだ体験した事ねーから分からんですけど、それってしんどいですか?」


 ルディの質問にナオミが首を傾げる。


「私もそこまで使った事がないから知らん」

「化物に聞いた僕、バカでした」


 ルディが呆れて肩を竦めていると、フォレストバードの面倒を見ていたルイジアナとミンクが戻ってきた。

 ちなみに、アクセルと協力してくれたエルフの2人は、集落へ報告しに向かっている。


「何の話をしていたんですか?」

「一郎の容態についてです」

「それで一郎ちゃんは?」


 話し掛けてきたルイジアナにルディが答えると、昼の戦闘ですっかりゴブリン一郎のファンになったミンクが身を乗り出した。


「順調に治ってるですよ」

「良かったぁー。私も看病したいけど、やっぱりだめ?」


 ミンクが上目遣いであざとく頼むが、ルディは腕を交差させてバッテンを作った。


「移るからダメーです」

「残念。だけど、一郎ちゃん格好良かったなぁ。やられても立ち向かって、凄い力であの怪物をぶっ飛ばすところなんて、まるでドワーフみたいだった!」


 ミンクの話にルディがドワーフとは何ぞと考える。そして、宇宙ではドラグン人と名乗る種族の存在を思い出した。


「もしかしてドワーフって、デブで、チビで、髪の毛ぼさぼさで、酒乱で、引きこもりで、頑固で、ヒゲで、ガサツで、暴力的で、不摂生な感じですか?」


 悪口のオンパレードな質問に全員が苦笑い。だけど、どうやら様子からドワーフはドラグン人で正解らしい。


 さらに話を聞くと、ドワーフたちは雪の大森林の近くに聳えるメサー山脈の麓に住んでいて、メサー山脈からは多くの鉄鉱石が取れるらしい。

 彼らは山から鉄鉱石を掘って鉄にした後、工具や武器を作成し、エルフからは薪と木材を、ノーザンランド国からは食料を交換して暮らしていた。


「うーん。ドワーフですか……」


 宇宙のドラグン人は手先が器用で物作りを好む性格から、宇宙ステーション、ワープゲート、宇宙船の設計など、多くの製造に深く関わっており、ナイキもドラグン人が設計した。


「ドワーフに興味があるのか?」

「そーですねー……」


 ナオミの質問にルディが考える。

 この星のドラグン人がどんな生活を送っているか、少しだけ興味はある。だけど、もし彼らがひょっとした事で輸送機やスマートフォンの技術を見てしまったら、彼らは絶対に我を忘れてクソ迷惑な事しかしないだろう。うん、会わない方が正解だ。


「……狂人とは会わない方が平和です」


 その返答が面白かったのか、その場に居た全員が笑った。




 この日の夕食はごろごろジャガイモのポトフを作って、全員が美味しく食べた。

 特にミンクはコンソメのスープが気に入ったのか、鍋の具が無くなってもスープだけを飲んでいた。

 ちなみに、集落に向かったアクセルたちの夕飯は干し肉と木の実のクッキーだけで、彼らは昨日食べたルディのご飯を思い出して、一緒に残れば良かったと只今後悔中。


「一郎待たせたな、ご飯の時間です」


 ルディは横になっているゴブリン一郎を起こして、スプーンで彼の口元にポトフを運ぶ。


「ぎゃぁ……ぎゃぐぎゃぁ……(うめぇ……食った中で一番うめぇ……)」


 ゴブリン一郎は暖かいポトフを食べながら、ルディの暖かさを感じて、初めて家族の愛を知り涙を流した。




 それから3日の間、ルディたちは渓流の近くで泊まり、その間にゴブリン一郎は病気を治してすっかり元気になった。

 彼は元々あの戦闘で体内のマナを消費しており、マソに感染してもすぐに治療薬を投薬していたので、集落で今も治療中の2人のエルフよりも早く回復した。


「一郎、元気になって良かったです」

「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!(ルディのおかげだ!)」


 言葉は通じないけど、ゴブリン一郎がルディに笑う。

 今までのゴブリン一郎は、ただ飯が食べられるという理由でルディの側に居たが、今の彼はルディと一緒に居る事が何よりも大切な時間だった。


 そして、予定よりも早いが、ルディたちは3羽のフォレストバードに乗って集落に戻ろうとしていた。


「皆、準備は良いですか?」


 フォレストバードに乗ったルディが、ゴブリン一郎を背中に乗せて全員に声を掛ける。

 彼はナイキのデータベースから、乗馬のアプリケーションを電子頭脳にインストールして、3日間でミンクが驚くほど上達した。

 その上達ぶりに、理由を知っているナオミがずるいと思った。

 ちなみに、本当ならば、ゴブリン一郎はミンクに同乗する予定だったけど、ルディと乗りたいと駄々をこねたので、彼女は泣く泣く諦める。


「では雛子ちゃん、出発です」


 フォレストバードに名前を付けたルディが、両脚で脇腹を叩いて走らせ、名前を聞いた全員が、そのネーミングセンスはどうなのかと眉間にシワを寄せた。


 こうして、マソの怪物を倒したルディたちは、ダの集落に向かって森の中を駆けだした。

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