第202話 野辺の煙

 マソの怪物が倒れてゴブリン一郎は力が抜けたのか、地面に倒れて気絶した。


「ししょー!」

「ナオミ様!」


 ゴブリン一郎の容態も気になるが、それよりも今は食べられたナオミの状態を確認すべく、全員がマソの怪物の死骸に駆け寄る。

 しかし、まだ死骸からマソの瘴気が発生しており、触るどころか近づく事すらできなかった。


「ししょー、生きてたら返事しやがれです!」

「ルー君、落ち着いて」


 ナオミを助けるために今直ぐにでもマソの怪物に近づこうとするルディを、それはさすがに無理だろうと、ルイジアナが背後から押さえた。


「ルイちゃん放しやがれです、マソの怪物の食い物はマナだけです。もしかしたらししょーはまだ生きてるかもです!」


 そうルディが言い返すと、別の声が彼に話し掛けてきた。


「私なら無事だから、一郎の容態を見た方が良いぞ」

「どうして無事だと分かるですか! ……って、あれ?」


 ルディが声の方へ振り向いて二度見する。

 そこにはケガ1つ負ってないナオミが、ドッキリに成功したような、にやついた笑みを浮かべており、彼女の姿に全員が驚愕して口をあんぐり開けた。




「……ししょー、何で生きてるですか?」


 ルディがマソの怪物の死骸とナオミを交互に見て首を傾げる。


「前にも教えただろ。私は幻術系の魔法が得意なんだ」


 説明によると、彼女はマソの怪物が渓流を超えた時、土の魔法で壁を作ってマソの怪物の視線を塞いだ。

 そして、壁が破壊されるまでの僅かな時間で、自分の姿を模写したゴーレムを作り、本人は別の魔法で姿を消してマナの放出を止めた。


 その後はルディたちが見ていた通り、マソの怪物はゴーレムをナオミと勘違いして捕食し、彼女はずっと姿を消したまま倒す隙を伺っていた。

 おそらくマソの怪物は捕食した時に、偽物だと気付いていたかもしれない。だけど、戦闘中でマナを消した自分を探すのは、戦いを終えた後になるだろうという計算もあった。

 ちなみに、マソの怪物に捕らわれても悲鳴一つ上げなかったのは、ゴーレムは喋る事が出来ないから。


 そして、ルイジアナが治療薬を宙に浮かべた時は、マソの怪物の触手が伸びたのを見て、このままだと失敗すると気付き、相手が光に弱い事から強烈な光の魔法を放って、ルイジアナをサポートをした。


「さすがししょーです。あの時の光はそれだったんですね」

「まあね」


 ルディがキラキラした目でナオミを称え、ルイジアナは無事で良かったとほっと溜息を吐く。

 アクセルたち4人のエルフは今の話を聞いて、人間の魔法使いもなかなかやるなと、今まではルディのお供という認識だったが、それを変えて尊敬の眼差しで彼女を敬った。




「ところで、一郎を放っといたままで良いのか?」

「おっと、いけねーです」


 ナオミの問いかけに、ルディが慌ててゴブリン一郎に近づく。

 そして、左目のインプラントを切り替えて容態を確認すると、物の見事に感染していた。


「お前も無茶しやがるです」


 そう言うルディの目は慈愛に満ちる。


「お前のおかげで全員無事だったです。だけど、お前のマナが消えたのもったいねーですね」


 ルディはため息を吐くと、安全のために手袋をはめて、ゴブリン一郎にマソの治療薬を注射した。


「一郎の容態はどうだ?」


 ナオミもゴブリン一郎を心配して近づき、ルディに質問すると、彼は振り向かず頭を横に振った。


「やっぱり感染してたです。置き去りするわけにもいかねーから、僕、一郎が治りやがるまで、ここに残るです」

「そうか……だったら私も一緒に残ろう」


 ナオミの返答にルディは頷き、ドローンに命令して野営道具を持って来させた。




 マソの怪物の死骸を前にして、ルディは悩んでいた。

 出来ればこの死骸を調べてマソの怪物がどこから来たのか、そもそもこの生物が一体何なのか、手掛かりだけでも掴みたい。

 だけど、死骸を放置したら近寄った動物が感染する危険がある。それが1匹だけなら被害は少ないけど、感染した動物が別の生物に接触、または捕食されたら連鎖感染を起こして、エルフにも感染する恐れがあった。

 特にエルフは共同生活をしており、食事は同じ鍋の料理を食べる。もし、感染した動物の料理を食べてしまったら、集落の全員が感染するだろう。


 そこでルディはアクセルに、コイツを調べるか燃やすか選べと選択させたが、彼の答えは「ルディに任せる」と実に卑怯な返答だった。


「エルダー人、時々ガチで責任放棄しやがるです」


 ルディが宇宙に居た時も、エルダー人のステーション管理官がルディの積み荷を紛失し、自分のせいじゃないと言い張って、積み荷がなかなか見つからないというトラブルがあった。


「そうなのか? エルフは長生きだから、人間よりも責任感がありそうだぞ」


 ルディの話が意外だったのか、ナオミが質問する。


「それはししょーの勘違いです。エルフは知らねーけど、エルダー人は歳食っても容姿が若けーから精神年齢も若けーです。僕の経験上、年齢200歳超えてねーエルダー人は、基本的にあっぱらぱーで、その年齢を超えると、若い頃を反省したのか知らねーけど、頑固になりやがるです」


 その話にエルフのルイジアナとアクセルたちが苦笑い。どうやら、彼らも心当たりがあるらしい。

 ナオミもアンチエイジングをしたから、見た目が若いまま歳を取るので、他人事ではないなと思った。




「やっぱり、コイツは危険だから、お前を燃やしてやるです」


 ルディは研究よりも人命を優先させ、死骸を今すぐ処分する事に決め、その返答を聞いたナオミは、道徳の観点から見て、それが正解だと微笑んだ。

 そうと決まったら、全員で森から枯れ木を集め、ナオミが魔法で宙に浮かせて死骸の上に山積みする。

 そして、魔法で枯れ木に火をつけ、全員が無言でのぼりゆく野辺の煙を見送り、今までマソの怪物に殺されたエルフたちを供養した。

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