第189話 マソの調査
マナの怪物が去ったあと、ルディたちは1人ずつドローンに掴まれて渓流を渡った。
渓流を渡ったのは、ルディたちが進む方向がそっちだったから。
「空気感染するかもしれねーから、皆はこれ以上近づくなです」
「ルー君は大丈夫なの?」
「僕の服、抗菌仕様です」
「……?」
ルイジアナは理解出来なかったが、ルディはそう言うと袖で口元を隠して、先ほどマソの怪物が居た場所に近づき、近くに落ちていた木の枝を掴んで黒い液体をすくった。
(血液にしてはネバネバしてるな……血糖値が高いのか?)
もちろん冗談。左目のインプラントで液体を分析すると、ナオミが言っていた通り、黒い液体にはマナとよく似たウィルスが大量に付着していた。
(アミノ酸配列と塩基配列を調べないと分からないけど、集団変異している可能性があるかも)
ルディが立ち上がってマソの怪物が来た方向へ振り向く。
あの怪物は本当にまっすぐここへ来たのか、怪物が通った後には茂みや草木が倒されて、森の洞窟がまっすぐ伸びていた。
ルディがマソの残骸から離れて森の洞窟へ近づき確認すると、マソの怪物に触れた木の葉が全て枯れていた。
(もしかして触れるだけでマナを吸い取ってるのか?)
ルディは暫し考え、持っていた枝をまだ枯れてない葉に近づける。すると、枝に付いた黒い血に触れた途端に葉が枯れ始めた。
(予想通りか……だけど、触れてない箇所は枯れてないから、空気感染はないな)
そう判断すると、袖を口元から離して皆が待っている場所に戻った。
「どうだった?」
「大体分かったです」
ナオミに話し掛けられて、ルディが調べた事を説明する。
「触れただけでマナを吸収するのか……厄介だな」
「恐ろしいですね」
「ぐぎゃぎゃ、ぎぎゃがぎゃがぎゃ(またアイツが来るかもしれねえから、ここから早く離れようぜ)」
ナオミの後にルイジアナもマソの怪物への警戒を高める。
そして、ゴブリン一郎が建設的な事を言っているが、言葉が通じないため無視された。
「問題はししょーのマナです。アイツ、遠く離れた場所からししょーのマナ見つけたっぽいです。このままだとまた襲われるですよ」
「分かった……これで抑えたはず。ルイ、検知の魔法で確認してくれ」
ナオミはルディの忠告に頷くと、自分のマナを押さえてから、ルイジアナに確認するように命じた。
「……凄いですね。今の私よりもマナの放出量が減っています」
ルイジアナがナオミのマナを確認して、彼女の精密なコントロールに驚嘆していた。
「ししょーって戦う時は大雑把ですけど、マナの操作は神経質ですよ」
「言い方!」
ルディの冗談にナオミが彼の頭をデコピンする。
「アウチッ! 冗談です」
「ふふふ。だけど、あの怪物が通った後を進めば、移動が楽になりますね」
2人のやり取りを笑ってから、ルイジアナはマソの怪物が作った森の洞窟に視線を向けた。
彼女の言う通り、この渓流に来るまでの間、ルディたちは獣道を歩いていたが、獣道は狭く木の枝も邪魔して大変だった。
だけど、マソの怪物が作った森の洞窟は、丁度彼らが進もうとしていた方向に伸びており、移動するのに使わない手はない。
「そうだな。せっかく作ってくれたんだ、ありがたく使わせてもらおう」
「アレが1体だけとは限らねえです、一応警戒はしやがれです」
ナオミの後にルディが警告すると、ナオミが手を上げた。
「先に言っとくが、マナを押さえたから私の検知は期待するな」
「そーなんですか?」
「私が何もしないで敵を見つけているとでも思ったか?」
「ししょーならありえそうです」
そうルディが言うと、ルイジアナも心の中で頷いた。
「馬鹿を言うな」
ナオミが肩を竦めて森の洞窟を歩き出す。その後をルディが慌てて追いかけた。
どこまでも続く森の洞窟を歩いていると、途中で細い道と重なった。
道は雑草が茂って分かり辛いが僅かに轍の後があり、それと見たルイジアナが歓声を上げた。
「見つけました。これがエルフの道です!」
「道と言うから、もっと整備されていると思ったです」
「一応、道の周りには魔物が嫌がる草を植えているんですよ」
ルイジアナの説明を聞いて、ルディとナオミが同時にゴブリン一郎を見た。
「ぐぎゃ?(なんや?)」
平然としているゴブリン一郎の様子を見てから、ルイジアナに視線を戻す。
「全く効いてねーです」
ルディの話にナオミも頷くと、ルイジアナが慌てて口を開いた。
「この草は動物系の魔物限定で、魔族には効きません」
「使えるのか使えねえのか、分からねー草ですね」
ルディはそう言いながらも後で調べようと、草を引っこ抜いて鞄にしまった。
「後はこの道を進めば、エルフの集落が見つかるので、頑張りましょう」
そして、ルディたちはマソの怪物が作った森の洞窟から離れて、エルフの道を南西の方向に向かって歩き始めた。
その日はエルフの集落に辿り着けず、夕方になるとエルフの道の端で野営する事にした。
ドローンがテントや食料などは運び、全員でテントを組み立てている間に、ドローンが簡易トイレを運んで設置していた。
ルディは輸送機の荷物の中に簡易トイレなんてあったかなと、電子頭脳でハルに確認した。
『ハル、簡易トイレなんて輸送機に積んでいたか?』
『マソを詳しく調べるため、揚陸艇を輸送機の近くへ降下させました。そのついでです』
『頼もしいな。それで、どれぐらいで解析できる?』
『明日の朝までには解析出来ます。それからマソに対するワクチンの作成に入ります』
『マナのワクチンで実績があるからすぐに出来るかな?』
『マソがマナの変異ウィルスであるならば、予定では2日でサンプルの治療薬が出来ます。ただし、この治療薬はマソだけなくマナも殺すため、薬の効果が消えるまでの間は患者のマナが無くなります』
その報告にルディが頷く。
『同じウィルスだったら区別できないか。まあ、いいだろう、急いでくれ。何となくこの森に何かが起こっている気がする』
『イエス・マスター』
『あ、それと、この道の先にエルフの集落ってあるのか?』
『それも先ほど発見しました。後2日、今の速度で歩けば辿り着きます』
『この森は無駄に広いな』
『頑張ってください』
ハルはそう言うと、ルディとの通信を切った。
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