第188話 マソの怪物

 ナオミはそこそこ強いと言ったけど、それは彼女のマナ保有量からみた感覚だろうと全員が警戒する。

 ちなみに、ゴブリン一郎は皆の雰囲気が変わったから、何となく自分も警戒しただけ。

 ルイジアナが検知の魔法を唱えて確認すると、案の定、自分のマナよりも保有量の多い生物が接近しつつあった。

 ルディも左目のインプラントをサーモグラフに変えて相手を確認する。すると、全長4mぐらいある蜘蛛みたいな巨大なシルエットが映った。


「弓で攻撃して良いですか?」


 敵は1匹、まずは先制攻撃で相手を驚かせようと、ルディが背中から弓と矢を取り出して構えた。


「向こうもこっちに気づいて近づいているんだから、やっちまえ」


 全く責任感の無いナオミの返答に、ルディは弦を引いて矢を放った。

 ルディの放った矢が木々の間を通り抜けて命中するが、相手は矢が刺さってもたじろかず足早で近づいて来た。


「矢が効かねーです」


 ルディが呟くのと同時に、茂みから巨大な黒い物体が姿を現した。




 渓流を挟んで現れた相手は、ルディが確認した通り全長4mもある巨大な生命体だった。生物と言わずに生命体と言ったのは、姿を見ても相手の正体が分からなかったから。

 形状は八本足の蜘蛛の形をしているが、全身を黒い煙で包まれており実体は分からない。

 顔と思われる部分には6つの赤い光が灯り、おそらくそれが目だろう。

 そして、唯一確認できる足を見れば、牙の様に尖っている蹄をしており、どうやら地面を突き刺しながら歩行するらしい。


「ルイちゃん。あれ、何ですか?」

「私も見た事ありません」


 ルディの質問にルイジアナが頭を横に振る。

 一方、ナオミは相手に向かって魔法を放とうとしていたが、姿を見るや危険を察して詠唱を中断した。


「ルイ、魔法は使うな。あの黒い煙はおそらくマソだ!」


 ナオミの言うマソはマナに似ているが、人間がマソを吸い込むと、発熱、吐き気、呼吸困難、全身に黒い斑点が浮き上がる症状が現れる。そして、この星の医学では治療方法がなく、死の病気と恐れられていた。


「……マソ⁉」


 ナオミの声にルイジアナが驚き、詠唱を中断してナオミに振り向き、ルディが首を傾げる。


「初めて聞く単語です」

「あれに魔法は効かない。いや、逆に魔法のマナを吸収して強力になる」

「理解したです」


 詳しくは分からないけど、ルディはナオミとルイジアナが戦力外だという事だけは理解した。




 姿を現したマソの怪物は襲って来ず、渓流を挟んでナオミをジッと見つめていた。


「……ふむ。どうやら私のマナを狙っているらしい。そして、アイツ泳げないぞ」

「かなづちだっさです」

「だけど逃げないという事は、諦めたわけではないでしょう」


 ナオミの後にルイジアナが口を開く。


「ぎゃぎゃぐぎゃ(アイツ食っても不味そうだな)」

「一郎、戦いたいですか? だけどわざわざこっちから行く必要はねーですよ」


 ゴブリン一郎の言葉を勘違いしたルディが、鞄からグレネードを取り出して矢じりにセットした。


「なるほど。それなら効果的だな」


 災害とも言われたデーモンすら吹っ飛ばすグレネードなら、マソの怪物も倒せるだろうとナオミがニヤリと笑う。


「喰らいやがれです」


 ルディがグレネードを付けた矢を放つと、マソの怪物は先ほどの矢が効かなかったからか油断して、躱すことなく矢が胴体に命中。

 同時にグレネードが爆発、怪物の胴体の一部を吹き飛ばした。




『ギシャーーーー‼』


 弓と異なりグレネードは効果があったのか、マソの怪物が背筋を凍らせる叫び声を上げて森に響き渡った。


「キャー!」

「ぎゃー!」

「ビックリです」


 マソの怪物の声にルイジアナ、ゴブリン一郎、ルディが驚く。

 声を上げなかったナオミは、グレネードの煙に包まれたマソの怪物を、目を細めて観察していた。


(悲鳴が聞こえたから、効果はあったと思うがどうだ?)


 煙が晴れてマソの怪物の姿が現れる。

 マソの怪物は胴体の一部が消し飛び黒い血を地面に滴らせていたが、まだ倒れておらず、破壊された部分から蒸発するような気体が立ち昇っていた。


「再生しているのか?」


 倒したと思ったルディがナオミの声に驚き、目をしばたたかせる。


「アイツ、まだ死んでねえですか?」

「おそらく、このままだと再生するぞ」

「だったらもう1発撃ちこむです」


 ルディが鞄からグレネードを取り出すが、マソの怪物は再生途中で向きを変えると、慌てて立ち去って森の中へと消えていった。


「……一体あれは何だったんだ?」


 マソの怪物が立ち去った後、ナオミがルイジアナに話し掛けると、彼女が頭を横に振った。


「本当に分かりません。私が居た頃は、あのような魔物が生息したという話を聞いた事はないです」

「と言う事は、アイツが現れたのは50年以内か……」

「多分そうだと思います。それにしても、ルー君の攻撃も凄かったですね」

「言うの忘れてたです」


 事前に説明するのを忘れたルディがすっとぼけた。




「直ぐにとは言えねーですが、治療薬が出来るか調査してみるです」


 ルディはナオミからマソの話を聞くと、マソがマナと似ているのなら、おそらく悪性ウィルスの可能性が高いと考えて、マソを分析調査する事にした。


「至急頼む。アイツは明らかに私を狙っていた。私が思っているよりも事態は相当ヤバイ気がする」

「それは、同胞のエルフが先ほどのアレに襲われているという事ですか?」


 ルイジアナの質問にナオミが頷く。


「それは分からないが、私の予想だと、アイツの餌はマナの多い生物だ。エルフもマナが多い方だから、襲われている可能性が高い」


 ナオミの返答にルイジアナの顔が青ざめた。

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