第182話 宗教と科学

 ナオミが去った後、彼女のノートを読み始めたルイジアナだったが、冒頭部分を読んだ時点で首を傾げる。


(……惑星? ……ウィルス?)


 ナオミはすっかり忘れていたが、この星では未だに天動説が常識で、自分たちが1つの星に暮らしているなど知る由もなかった。

 そして、細菌やウィルスについても存在すら知らず、病気に掛かると悪魔のせいにしていた。

 ルイジアナも宮廷魔術師として長年勤めてきたから、魔法の知識だけでなく他の分野の知識も一般人より多く持っている。

 そんな彼女でも、このノートに書いてある内容はチンプンカンプンで理解できず、頭を悩ませた。


 とりあえず理解出来なくても流し読みしようとページを捲れば、左面にぎっしりと文字が書かれており、右面には人体解剖図、脳髄断面図、脊髄と血管図などの図面が書いてあった。

 ちなみに、図面はナオミがハルに頼んで作ってもらった写真なのだが、それを知らないルイジアナは、精巧に描かれた絵と勘違いして驚いた。


 内容の大半は分からなかったけど、このノートにはマナの吸収から魔法の発動について書いてある事だけは理解する。

 ルイジアナだけでなく、この星で暮らす全人類は、魔法は神が全ての生物に授けた力だと信じていた。だけど、ナオミはそれを真っ向から否定して、マナは病原菌と同じウィルスであり、この星の人類はマナというウィルスに感染する事で、魔法を使えるという新たな説を提唱していた。




 ノートを読み終えたルイジアナは二日酔いもぶっ飛んで、心労からソファーに寄り掛かり、ショックで放心状態になっていた。


(もしこれが真実だとしても、これは世に出せないわ……)


 そうルイジアナが思うのも無理はない。

 この星では魔法は神の力であり、人類は神を信仰しなけば魔法を失い、何れ始まる最終戦争で滅亡するという、ルーン教が広まっていた。

 そのルーン教会の力は強く、大国ローランドも国教にするほどで、教義に違反した人間は宗教裁判にかけられ、もし有罪になれば背信者として、下手をすれば火あぶりの刑にされる場合もあった。

 そして、このノートに書いてある事を検証したくても、この星の技術では誰も検証出来ず、もし宗教裁判になったら確実に負けるだろう。


 ルイジアナが頭を抱えていると、二度寝していたルディが階段から降りてきた。


「ルイちゃん、おはようです」

「あ、ルー君、おはよう」


 まだ寝ぼけているルディは挨拶すると、目を擦って大きくあくびをした。


「目覚めのコーヒー入れるけど、ルイちゃんも飲みやがるですか?」

「そうね、頂こうかしら」


 キッチンに向かうルディにルイジアナが返答すると、彼は「分かったです」と頷いてお湯を沸かし始めた。


「ねえ、ルー君。これ読んだ?」


 ナオミの弟子ならおそらく読んだだろうと、ルイジアナがナオミのノートを見せると、ルディが頷いた。


「ああ、それですか、読んだですよ。さすがししょーですね。綺麗にまとめてありやがるです」

「そう…ルー君はこれを読んでどう思った?」

「思うも何も、事実に基づいて書いてあるし、ししょーの考察も的外れな事書いてねーですから、特に問題ないと思ったですよ」


 いや、そうじゃない。ルイジアナは、ルーン教の教義に真っ向から喧嘩を売っている事が問題だと言いたいのだが、ルディはルーン教の事など知らず、そもそも神など信じていない。

 ルイジアナはその事を言おうとしたが、その前にナオミも2階から降りてきてルディに自分のコーヒーを頼むと、ルイジアナの反対側のソファーに座った。


「どうだった?」

「えっと……ほとんど理解できませんでした。だけど、ルーン教の教義に違反してるので、このノートの内容を公開するのは危険だと思います」


 ノートを見たのだろうとナオミの問いかけに、ルイジアナは率直な感想を述べると、ナオミが笑った。


「はははっ。確かにその通りだ」

「笑いごとではないですよ!」


 笑うナオミをルイジアナが窘めると、彼女は肩を竦めた。


「私は神を信じて考えを捨てろというのが嫌いなのさ。昔から言うだろ、人間は考える…なんだっけ?」

「人間は考える葦であるです」


 話を聞いていたルディが全員のコーヒーを運びながら答えて、空いているソファーに座った。


「誰が言ったか知らないが名言だな。人間は水辺で生えている葦の様に弱い存在だけど考える事ができる。私はもし神が居て、人類に力を与えたとしたら、それは魔法じゃなくて考える力だと思っているのさ」

「そんな名言があるのに、何で皆考えるの捨てて、宗教の方を信じるですか?」


 ナオミの話にルディが質問すると、彼女が肩を竦めた。


「それが宗教の力だよ。考えるという行動は思っているよりも疲れるものだ。だから人間は自ら調べず、他人からの話を聞くだけで済ませたいと考えるのさ」

「楽な考えをしたいから、人は神を信じるですか?」

「さあ、どうだろうね。私は一部の教えが嫌いなだけで、宗教自体を否定するつもりはないよ。教会も信者を増やしてお布施を頂くという目的があるとしても、施しをしたり相談に乗ったりするから、必ずしも悪とは言えない」


 ルイジアナが2人の話を聞いて顔を真っ青にする。

 もし、今の話を教会の人間が聞いたら、確実に「この不届きな背信者どもめ!」と叫んでいただろう。

 と言う事で、ルイジアナは話を変えようと、別の質問をナオミにした。


「ナオミ様。このノートを読んで思ったんですが、魔法の属性について何も書いてませんでしたね。ナオミ様はどの様なお考えをお持ちですか?」

「……あっ!」


 ルイジアナの質問にナオミが素っ頓狂な声を出した。

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