第181話 二日酔いの朝

 翌朝。

 ルディ、ルイジアナ、ゴブリン一郎の3人は二日酔いになっていた。

 特にゴブリン一郎は酷く、昨日飲んだカクテル、サブマリンの影響で、起き上がるなり、「ごぶ!(うっ!)」と呻いてトイレに駆け込んだ。


(ぐぎゃぎゃ~(世界がぐるぐる回ってる~))


 ゴブリン一郎が胃の中の物を全部吐いてふらふらとトイレから出ると、ドアの前で具合の悪そうなルディが待っていた。


「一郎……大変申し訳ないと思っているです。だけど、これもマナの研究のためだから我慢しやがれです」


 そう言ってルディが見せたのは、何時も飲んでいるマナ回復薬の錠剤だった。


「……ぐげ⁉(マジ⁉)」


 ただでさえ二日酔いで頭痛が酷いのに、頭が痛くなる薬を飲んだら確実に死ぬ!

 ゴブリン一郎が踵を返してトイレの中へ閉じ籠ろうとするが、ドアを閉める前にルディがドアを掴んだ。


「逃げるなです。僕だって二日酔いで飲みたくねーです。だけど、強くなるために頑張っているのです!」

「ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃ!(嫌だ、嫌だ!)」


 今のゴブリン一郎は、ルディよりも先にマナ回復薬を飲んでいたため、力比べだけだったら同等なのだが、如何せん二日酔いで力が出ず、ドアを開けられて無理やりトイレから出された。

 それでも暴れ回るゴブリン一郎に、ルディが馬乗りになって抑え込む。


 ……数分後。激しい攻防の末、2人は四つん這いになって、吐き気を堪えていた。


「うぷっ……ばたんきゅ〜です。薬は昼に飲むです」

「ぎゃ、ぎゃあ……(は、吐く……)」


 ゴブリン一郎が這いずってトイレに入る。

 ルディもふらふらと歩いて、別の階のトイレに向かった。




 二日酔いのルイジアナが頭を押さえながらリビングに行くと、ナオミがソファーに座って水を飲んでいた。


「おはよう」

「おはようございます」


 リビングに入ってきたルイジアナにナオミが挨拶をする。

 ルイジアナも挨拶を返したが、昨日あれだけ飲んだのに普段と変わらないナオミを化け物と思った。


「酷い顔だぞ」

「何年かぶりに二日酔いになりました」


 この星にもお酒はあるが、高級なワインでもそれほど美味しくなく、テキーラの様な蒸留酒は存在しない。

 蒸留酒のカクテルを初めて飲んだルイジアナは、甘くて飲みやすいカクテルに騙されて許容以上に飲んでしまった。


「とりあえず顔を洗って来い」

「そうします」


 ルイジアナがナオミに言われて身支度を整えてから戻ると、ナオミが飲み物を用意して待っていた。


「これは?」


 ルイジアナが白く濁る飲み物に首を傾げる。


「スポーツドリンクだ。糖分、塩分、水分を効率よく吸収できるらしい。だからかルディは二日酔いになると、これを朝に飲んで二度寝しているよ」


 ナオミの説明を聞きながらスポーツドリンク飲んでみる。


「……美味しいですね」


 ルイジアナは語彙力のない感想を言うと、もう一度グラスを傾けて一気に飲み干した。


「そういえばルー君は何処に?」

「アイツは朝から一郎と格闘して、へばって二度寝したよ」

「……?」


 話が理解出来ず、ルイジアナが首を傾げる。


「まあ、気にするな。この家は世間と比べて朝が遅いんだ。出発は夜なんだし、のんびりすると良い」


 ナオミの家には照明があるので夜遅くまで起きているが、普通の家だと明かりと言えばろうそくの灯だけ。それも高価なため金持ちぐらいしか使用しない。従って、一般階級の家族は日の出と共に起きて、日暮れと共に就寝するのが普通だった。


「さて、私も昨日は飲んだから二度寝でもするか」


 そう言ってナオミが立ち上がり、リビングから出ようとする。


「あ、ナオミ様」

「ん?」

「何か魔法に関する本が読みたいのですが、貸してもらえますか?」


 ルイジアナのお願いにナオミが考える。

 魔法使いにとって魔法は命の次に大切な生命線なので、基本的に弟子以外への伝授はしない。同時に魔法について書いてある本も貴重品なのだが、逆に本は貴重品過ぎて滅多に手に入らず、たとえ購入する機会があっても値段が高くて買えない。

 なので、親しい間柄の魔法使いの間では、魔法書の貸し借りが当然のように行われていた。

 ルイジアナは図々しいかと思ったが、奈落の魔女と呼ばれるナオミと親しくなった機会に、彼女が持っている魔法書を見たいと願い出た。


「まあ、良いよ。ちょっと待ってな」


 そう言ってナオミが2階に消える。

 ルイジアナは階段を上る彼女の後ろ姿を見ながら、心の中で安堵していた。




「私もこの森に来る時にいらない本は全部売って、これしかないんだ」


 ナオミはリビングへ戻ってくると、そう言ってテーブルに4冊の本を並べた。


「……どれも貴重な本ですね」


 ルイジアナの見立てでは、どれも金貨300枚以上する本ばかりで、その内の1冊は、ハルビニア国の王立図書室にも置いてない貴重な本だった。


「後、ついでだから、これを読んでみてくれ」


 そう言ってナオミが1冊のノートをテーブルに置いた。


「……これは?」

「私が書いた魔法理論みたいなものかな」

「……⁉」


 奈落の魔女と呼ばれるほどの実力者が書いた魔法理論書と聞いて、ルイジアナが驚愕する。


「こんな貴重なのを読んでも良いんですか?」

「ルイなら構わないし、私も他者が読んだ感想を聞きたい。だけど、その中身は誰にも言うなよ」


 ナオミの渡した本はルディがマナを得るまでの経緯を、彼女の視点から観察した記録ノートで、マナについての考察、魔法の根本、人体とマナニューロン、少しだけ科学と魔法の融合などが書いてあった。

 ちなみに、誰にも言うなと言ったのは、恥ずかしさの照れ隠し。


「直ぐに読んでみます」


 ルイジアナがナオミに頭を下げると、彼女は「よろしく」と言って手を振り自室に戻った。

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