第179話 メキシコ料理とコロナ(ビール)

 巨大なアライグマの襲撃もナオミが手懐け、エルフの里に持って行くお土産分も確保したルディたちは、アライグマに見送られて家に戻った。

 アライグマが何を考えているかなんてルイジアナには分からない。だけど、飛び立つ船を見送るアライグマの顔が、心持ほっとした様な表情をしているような気がした。




「ルイちゃんが来たから、今日は腕を振るって料理を作るです」


 ナオミの家に戻るや、ルディが楽しそうにキッチンに向かう。


「今日は何を作るんだ?」

「何となく気分的にメキシカン! です」


 ナオミの質問にルディが答える。彼がメキシカンに決めた理由は、ただ自分が食べたいだけで特に意味はない。


「メキシカン?」

「確か香辛料の効いた料理だったな。タコスにチリソース……うん、あれは美味かった」


 前にも食べた事のあるナオミがルイジアナに説明する。

 説明の途中で涎が出そうになったけど、ナオミは香辛料の効いた料理が好きなので仕方がない。


「ルー君は色んな料理を知っているのですね」

「料理のレパートリーが豊かだと、心も豊かになるのです」


 前にこの家で食べたドイツ料理を思い出して、感心した様子でルイジアナが呟くと、キッチンで下ごしらえをしながら聞いていたルディが答えた。


「確かにその通りだ」


 ルディの返答にナオミもその通りだと微笑むと、ルイジアナはこの家の居心地の良さは、美味しい料理が理由なのかと思った。




「まずは、アホとバカです」


 ルディの言うアホとバカとは、ソパ・デ・アホ・イ・バカの省略。

 メキシコ語でアホがニンニク、バカが牛という意味で、別に悪口を言っているわけではない。


 鍋にオリーブオイルと薄切りにしたにんにくを入れ弱火で炒め、赤とうがらし、パプリカパウダー、チリパウダーを加えさらに炒めてから、水、コンソメスープの素を加えて弱火で10分〜15分煮る。

 粗く刻んだ生ハムを加え、溶き卵を流し、塩、こしょうで味を調え、最後にカップに注ぎ入れ、クルトンを散らした。


 次に作ったのは、パパス・コン・ナタ。

 茹でた小ぶりなじゃがいもを牛乳とホワイトソース、おまけでチーズを入れた鍋に入れて煮込み、最後にパセリを掛ければ完成。


「ちょっと清涼感が足りねーですね」


 と言う事で、タコスは種類が色々あるけど、今回はカルニータス。

 具の材料は、塩コショウで焼いた豚肉を細かく刻んで、刻んだ玉ねぎとパクチーを合わせた。

 食べる時に、サルサソースを塗ったタコスの皮で包めば完成。


 最後に作ったのは、牛肉料理にカルネ・アサーダ。

 ライム汁、おろしニンニク、オレンジジュース、刻んだパクチー、塩、胡椒、オリーブオイル、みじん切りにしたハラペーニョ、ホワイトビネガー、それらを全て混ぜたタレに牛肉の塊を漬けこむ。

 これは、ルディが領都へ行く前に仕込んでいたから、既にタレが肉にしみ込んでいる。

 それを冷蔵庫から出して、グリルでこんがりと焼きあげると粗熱を取り、食べやすいサイズにスライスしてから、残しておいたタレをかけて完成。




「料理が出来たです!」


 ナオミとルイジアナは料理が出来るまでの間、魔法談義や国の情勢など色々話していたが、キッチンから漂う美味しそうな匂いに腹を空かせていた。

 ちなみに、ゴブリン一郎は果物をたらふく食べたのに、それでも腹を空かせて、ずっと涎を垂らしながらルディの作る料理を観察していた。


 ルディの声にルイジアナが食器を並べるのを手伝い、全員がキッチンテーブルに座る。


「まずはコロナビールで乾杯です」


 メキシコのビールと言ったらコロナビール。

 コロナビールの飲み方は簡単。蓋を開けた瓶をそのままラッパ飲みが普通。立って飲むのが行儀とも言われている。

 味に飽きたら、切ったライムを入れて飲んでも良いし、塩を入れて飲んでも良い。


「では、カンパーイ!」


 ナオミの音頭で全員が行儀悪くコロナビールをラッパ飲みする。


「プハッ! このビールは清涼感があって良いですね」

「うむ。ぐいぐい飲める」


 ルイジアナの感想にナオミが頷く。そのナオミの瓶を見れば、一度に半分以上飲んでいた。


「ぎゃー! ぐぎゃぎゃぎゃ!(プハー! この一杯がたまらねえ!)」


 おっさん臭いゴブリン一郎にルイジアナが笑い、ソパ・デ・アホ・イ・バカにスプーンを入れて牛肉と一緒にスープを掬って食べると、ニンニクとオリーブの香がする牛肉は口の中で溶けて、牛骨のエキススープは熱かったけど濃厚な味がした。


「美味しいです!」


 感想はただそれだけ。

 相変わらずルイジアナは料理に対する語彙力が無かった。




 自分の作った料理の出来に満足しているルディが指を鳴らす。


「テキーラです!」


 指の音に隠れていたドローンが姿を現し、初めてドローンを見たルイジアナが目を大きく開いた。


「ルー君…それは?」

「ゴーレムです」


 以前にもナオミが初めてドローンを見た時に、ゴーレムと呼んだことから、ルイジアナにも通じるだろうとルディが嘘を吐く。


「空を飛ぶゴーレム…しかも素材が石じゃなくて鉄かしら?」


 ルイジアナが観察している中、ドローンがアームを動かして、テキーラにオレンジジュース、グレナデンシロップをシェイクして作り始めた。


「しかもこんなに器用なんて……」


 ちなみに、この星のゴーレムは単純な命令、歩け、止まれ、殴れ、ぐらいの命令しか聞かないのだが、そんな事ルディは知らない。


「慣れろ」


 驚くルイジアナの肩をナオミがポンッと叩いた。


「……はぁ」

「それと、ここで見た事は誰にも言わない方が良いぞ。まあ、言っても誰も信じないだろうがな」

「……そうですね」


 空を飛ぶ船があり、ゴーレムがウェイターのマネをする。ルイジアナはナオミの言う通り、そんな事を誰に言っても信じないと思った。

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