第178話 巨大ラスカル

(この桃はどうかな?)


 ゴブリン一郎が桃にがぶりついている横で、ルディはぶどうと同じ様に左目のインプラントで桃を確認する。

 結果、特に毒はなく、見た目は白桃で糖度が高い事から、食べたらきっと美味しいのだろう。実際にゴブリン一郎は美味しそうに食べている。


「なあ、ルディ。このぶどうでワインを作るのはどうだ?」

「これ、ワインにするには酸味が少ねーです」


 食べたぶどうが美味しかったのか、ナオミの提案にルディが頭を横に振る。


「ルー君はワインも作れるのですか?」

「作るだけならできるですけど、味は保証しねえです」


 ワインに限らず、どんな物でも作り方を知っているだけで良い物は作れない。

 ルイジアナの質問にルディが答えると、その返答が面白かったのか笑っていた。




「それにしてもおかしいですね」

「何がだ?」


 桃を捥ぎりながらルイジアナが首を傾げていると、それに気づいたナオミが話し掛けてきた。


「これだけ美味しい果物があれば、それを食べに来る鳥や動物が居る筈ですが、全然見かけないのは何でだろうと……」


 ルイジアナの話を聞いてナオミが笑みを浮かべた。


「その答えは簡単だ。おそらく、近くに強い魔獣が居るんだろう」

「……はい?」


 ナオミの言動と表情のギャップに、ルイジアナの思考が麻痺する。


「この森に3年暮らして何となくだが、魔獣と言っても動物と同じで縄張りを持っている。東の山脈にドラゴン、遺跡の斑、ゴブリン、オークなど魔族が暮らす泉…は、最近大人しいな」


 大人しいのではなく、ルディが星に来た時にナオミが虐殺したが正解。

 そして、斑もルディが倒したことで、最近の森は縄張り争いが激しいのだが、ナオミの家の周りは結界に守られて安全地帯になっている為、小動物が増え始めている。


「と言う事で、ここも果物を食べに来る強い魔獣が……」


 ナオミが話を止めて、視線を森の奥に向ける。

 その様子にルイジアナが検知の魔法を詠唱して、巨大なマナの存在に気づいた。


「どうやら、餌を取られてお冠らしいな」


 ナオミはそう言うと、右腕を肩の辺りまで上げて魔法の詠唱を始めた。




 「でっけーラスカルです」


 森の奥から現れた魔獣にルディが目をしばたたかせる。

 魔獣の容姿はどこからどう見てもアライグマ。目の周りは黒く、毛は灰褐色、尻尾は白と黒のしましま。ただし、背丈はしゃがんでいる状態でも3mを超えていた。

 そのアライグマが果実を持っているルディたちを見るや、自分の餌を奪っていると思い、一番近いルディとゴブリン一郎に向かって襲い掛かって来た。

 ちなみに、ルディがラスカルと言ったのは、遥か昔から宇宙ではペットのアライグマにラスカルと名前を付ける人が多いから。


「一郎、逃げるです」

「ゲップ、ぐぎゃがぎゃ(ゲップ、もう食べられねえ)」


 ルディが振り向けば、ゴブリン一郎は食べ過ぎて地面に寝転がり、膨らんだ腹を摩っていた。


「お前らしくて、どこからツッコんで良いか分からねえです」


 ルディはゴブリン一郎を逃がすのを諦め、腰のショートソードを抜いて構える。

 そして、剣を左右に振り回し、巨大なダンプカーが如く迫り来るアライグマを煽ろうとしたところで、ナオミの魔法が完成して水の塊がアライグマの顔を包んだ。


「ルディ、逃げろ!」

「一郎、吐くなですよ!」


 ナオミの声に、ルディはゴブリン一郎を担いで場を離れる。

 一方、顔が水で包まれたアライグマは、手をわしゃわしゃ動かして顔を洗い始めた。

 もし、相手が普通のゴブリンやオークだったら息が出来ずに窒息するが、アライグマは顔を洗うと体内のマナを放出して、魔法抵抗を発動させるや、水の塊を消滅させた。


「お? コイツ、魔法抵抗が高いぞ。ここの縄張りの主は伊達じゃないな」


 ナオミがアライグマに感心している横で、ルイジアナが魔法を発動する。


「風の刃よ!」


 ルイジアナの持っている杖から、無色の風が刃となってアライグマに襲い掛かるが、毛皮に防がれてダメージはなくアライグマがビックリした。




「ナオミ様、どうしてそんなに余裕なんですか?」


 魔法が効かず、それなのに余裕な様子のナオミにルイジアナが質問すると、彼女は何をそんなに驚くのかとキョトンとした。


「だって、かわいいじゃん」

「いやいやいや、相手は魔物ですよ!」


 可愛いと殺されるは別だと思う。


「私も昔は全ての魔物は人類の敵だと思っていたんだが、ルディが一郎と仲良くしているのを見ているうちに、魔物にも知性があって、友好的に接すれば仲良くなるんじゃかと思ったんだけど駄目か?」

「…………」


 ナオミの常識外れな説明に、ルイジアナの頭が真っ白になる。


「それに、一々倒すのも面倒くさい。どうせあれを倒したって新たな主が現れるんだ。だったら友達になった方が楽だろ」


 ナオミはそう言うと、近くの木で実っていた桃をもぎってアライグマに近づいた。




「ほら、荒らして悪かったな。これでも食べて落ち着け」


 ナオミがアライグマに桃を放り投げると、アライグマが器用に空中でキャッチする。


「そういえば、確かアライグマは食べ物を洗って食べるんだったな」


 そう呟くと、魔法を詠唱してアライグマの目の前に水の塊を作る。

 すると、アライグマが闘争本能よりも本能を優先して、手にした桃を洗ってから食べた。


「そんな巨大な体だと足りないだろ。もっとあるから、どんどん食べな」


 ナオミがかごからぶどうやら桃やらを放り投げると、アライグマも次々と果物をキャッチして、水で洗って食べ始めた。ただし、ぶどうは洗うと粒が枝から落ちて地面に落ちて、それを慌てた様子でしゃがみ食べていた。


 ぽいぽい果物を投げてかごが空になり、ナオミはこれでお終いだとかごを放って両手を広げた。


「もうないけど、まだ戦うか?」


 ナオミはそう言うと、体から大量のマナを放出させる。

 ナオミのマナで周囲の空気が変わり、果樹がざわざわと揺れ、ルイジアナが震え、ゴブリン一郎が気絶した。

 そして、アライグマは本能でナオミに敵わないと気付き、体を縮こませる。


「まあ、そうビビるな。これからも仲良くしよう」


 ナオミが微笑み、震えているアライグマの鼻を撫でる。

 すると、殺されないと分かったアライグマが、友好の証にナオミの手を頬ずりした。


「さすがししょーです!」


 離れた場所でルディが興奮し、一方ルイジアナは奈落の魔女の噂の1つを思い出していた。


「奈落の魔女は魔物を手懐ける……」


 ナオミは面倒だから無駄な殺生をしないだけなのだが、彼女は勘違いしていた。

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