第171話 レインズの家族

 8人のアンドロイド『なんでもお任せ春子さん』が来てから、デッドフォレスト領の改革は大きく進んだ。

 彼女たちはソラリスの作成した手順書を元に、都市開発、教育機関、商業、農業、林業、物流、防衛、治水、あらゆる分野で活躍する。


 現場の作業者の中には女の言う事など聞けるかと、文句を言う相手も居たが、彼女たちは優しく、時には激しく論破して、それでも文句を言う相手には容赦なく減給、酷ければクビにした。

 そして、レインズが危惧した通り、彼女たちの美貌に惹かれてた男の中には、強引に手籠めにしようと人気のない場所で襲いかかる事件も発生するが、彼女たちは容赦なく瀕死一歩手前までやり返し、襲った相手に一生残る怪我とトラウマを与えた。




 そんな状況が1カ月ほど続いていると、王都からルイジアナがレインズの家族を連れてデッドフォレスト領に帰ってきた。


「パパ!」

「父さん!」


 ルイジアナとレインズの家族を乗せた馬車が領主館前で停車すると、勢いよく扉が開いて、レインズの8歳の息子と6歳の娘が馬車から飛び出し、玄関で出迎えたレインズに抱きついて来た。


「ダニエル、フローラ、元気だったか!」


 レインズは久しぶりに再会した子供の元気な様子が嬉しく、しゃがんで2人の子供を抱きかかえた。


「うん、元気だよ」

「パパが居なくて寂しかった」

「そうか、そうか! これからはずっと一緒だぞ」


 レインズが子供と会話をしていると、馬車からレインズの妻が降りてきて、にこにこ笑いながら彼らに近づいた。


 レインズの奥さんの名前はルネ。

 彼女はレインズよりも3歳年下で30代半ば、容姿はややたれ目なお淑やかそうに見え、髪の色はブラウン。

 体形は細身で、貴族だけど豪華な服を着ておらず、さりとて貧相な服でもない、落ち着いた感じの服を着ていた。


「あなた、ご苦労様です」

「ルネ、苦労をかけたな。長旅で疲れただろう、中に入って休んでくれ。それと、ルイジアナもご苦労だったな。いや、もう部下でも何でもなかったな」


 レインズは妻を労わってから、彼女の後から降りてきたルイジアナにも声を掛ける。


「お気になさらずに」


 ルイジアナは微笑んで会釈するとレインズの家族の後に続いて、領主館の中へと入った。




 領主館の私室のリビングでは、落ち着きのない子供たちをレインズとルネが暴れない様に抱きかかえ、レインズは妻とルイジアナから王都の様子を聞いていた。


「王太子殿下があの設計書をベタ褒めしてました」


 ルイジアナの言うあの設計書とは、もちろんソラリス作の『デッドフォレスト領経営設計書』。

 それを聞いたレインズが思わず苦笑い。領地を経営している貴族であれば、誰だってアレを読んで唸るか、頭を抱えるか、それとも両方か。


「それと、ソラリスさんも側近として欲しがってましたね」

「その気持ちは分かるが、彼女は奈落の魔女の物だ。強引に引き抜こうとしたら、とんだしっぺ返しが来るぞ」

「その辺は分かっており、話だけするように命令されました」

「そのぐらいだったら奈落様も怒らないだろう。まあ、無理だと思うけどな」


 レインズはソラリスが領地のためでなく、何を考えているか分からないルディのために出向している事は分かっている。だけど、王太子の命令には逆らう事は出来ない。という事で、ソラリスの引き抜きに自分は関与しないと決めた。


「先ほどから出てくるソラリスと言う方は誰かしら?」


 2人の話を聞いていたルネが誰の事かと質問してきた。


「奈落の魔女の召使だが、今は領地の経営を全て任せている。ちなみに女性だ」


 レインズがそう言いながら、気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 本当だったら自分が領地の経営をやらなければいけないのだが、あまりにもソラリスが優秀過ぎて、入り込む余地がないのが現状で、彼は今のままだと領主失格だと自覚していた。


「まあ、女性の召使が?」


 レインズの話にルネが驚いて大きく目を開いた。

 驚いているけど、別に馬鹿にしてはいない。

 封建制のハルビニア国の貴族社会について説明すると、男性貴族が大人になると、長男で領地があれば領地の後を継ぎ、領地のない長男や、次男以降は官僚になるか、騎士を目指すかのどちらかになる。まあ、目指すだけで成れるかは本人次第だが。

 そして、女性貴族の場合、領地を持つ長女でも後継者とはならず、男子が居なければ婿養子を貰い、生まれた子供が男子であれば、その子供が領地を継ぐ。

 そして、それ以外の女性は王城や大貴族邸で花嫁修業をしてから、お見合い結婚をするのが普通だった。


 という理由から、父親が近衛騎士団隊長で、結婚前は伯爵の娘だったルネは、召使の女性が行政の仕事をしていると聞いても信じられなかった。


「驚くのも無理はない。だけど、ルイジアナの話によると、殿下も絶賛しているらしいな」

「それは、ええ……」


 レインズに話し掛けられてルイジアナが引き攣り笑いをする。

 何故そんな表情をしたかと言うと、彼女が王都に居た時、宮廷魔術師を退職して引継ぎ業務をしなけばならないのに、毎日のように王太子に呼ばれて設計書のあれこれや領地経営ついての議論をさせられ、結局出発が5日も遅れたせい。


「それは是非一度、会ってみたいわ」

「彼女はこの館に居るから、後で会いに行くと良い」


 そうルネが言うとレインズがおかしな事を言った。


「あら? その人は身分の高い方なのかしら?」


 身分が低ければ呼び寄せれば良い、それが貴族としての常識だった。だけど、もし相手が身分の高い貴族なら、こちらから挨拶に向かわなければいけないが、辺境の地であるデッドフォレスト領にそんな大貴族の娘が来るとは思えず、ルネが首を傾げる。


「そう言えばソラリスの身分は聞いた事がないな。ルイジアナは知っているか?」

「私も知りません」


 レインズがソラリスの身元を調べなかったのは、彼女の礼儀作法が完璧だったため、教養のある身分だと思っていたから。


「まだ会ってもないのに面白い人ね」


 ルネは2人の話を聞いて、まだ見ぬソラリスが可笑しくコロコロと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る