第170話 ナインシスターズ

 レインズは応接室のソファーに座って、目の前の来客者を見て顔を引き攣らせていた。

 対面のソファーに座るのはソラリス。彼女だけなら別に顔を引き攣らせなどしない。問題は彼女の座るソファーの後ろに、8人のメイド服を着た女性が立っている事だった。


 ソラリスの話では、彼女たちを現場の指導者として採用して欲しいらしい。

 確かに、彼女の作った手順書は誰でも分かるよう、親切丁寧に書かれているが、そもそも領民の識字率が低くて手順書が読めず、進捗が遅くれている状況だった。

 レインズは彼女から、今年の税収はルドルフの貯めた金で賄えるが、このままだと来年の税収が予定の3割以下まで落ちると聞いて、内心かなり焦っていた。

 そこへ応援としてソラリスが紹介したのが、彼女の背後に居る8人の女性だった。


 レインズから見て髪形は異なれど、全員の身長、体形、髪の色も銀色で同じ。

 容姿もどことなくソラリスに似ており、最初に彼女たちが部屋へ入ってきたとき、レインズは驚きのあまり椅子から飛び上がった。




「それで、彼女たちはソラリスの姉妹か何かで?」


 レインズがそう思うのは無理もない。それほど彼女たちはソラリスとあらゆるところが似ていた。


「違います」


 筐体は同じ企業で作成されたから、その質問は確かに正しい。だけどAIに血の繋がりなど当然ない。

 姉妹と言ってしまえば良いものを、頭の固いソラリスは彼の質問を否定する。


「血が繋がってないのに、こんなに似るものなのか……」


 レインズは信じられないと言った様子で、彼女たちを改めて見れば…どう見ても血の繋がった姉妹だろ……。せめて服装だけでも変えてくれ。


「現状、進捗が進まないボトルネックは、作業員の識字率の低さである事はお話しましたが、彼女たちを派遣して現場の指揮を執る事で解決するつもりでございます」

「ボトルネック?」

「問題個所の事でございます」

「なるほど。それは助かるけど、大丈夫なのか?」


 正直に言って、文字が読めるだけでも助かる。

 だけど、現地では荒くれ者が多く、おそらく女性の言う事など聞けるかと、彼女たちの耳を貸さない人間は居るだろう。それに、ソラリスを含めて全員の容姿が良いから、無理やり手籠めにされる危険も心配だった。


 レインズがその事をソラリスに話すと、彼女は表情を変えずに片方の口角を尖らせた。どうやら笑ったらしい。


「問題ありません。彼女たちは護身術を身に着けております。もし襲われても逆に相手が怪我をするだけでございます」


 ソラリスを含めて、彼女たちの見た目は華奢でか弱く見えるが、その正体は児童育成用のアンドロイドでありながら、何故か格闘、銃撃も出来る『なんでもお任せ春子さん』。人間が何人束になって掛ってこようが、片手でせん滅出来るほど強い。


 だけどそれを知らないレインズが、腕を組んで顔をしかめる。


「そうは言ってもなぁ……」


 レインズが悩んでいると、ソラリスの背後で立っていたイエッタが口を開いた。


「ソラリス、どうやらレインズ様は私たちの事を心配してらしゃるみたいよ。だったら、実力をお見せした方が早いわ」


 レインズは彼女たちもソラリスと同じく感情の無い女性だと思っていたが、初めて聞いたイエッタの話し方が感情豊かな事に大きく目を開いた。


「確かにそのようですね。レインズ様、中庭で彼女たちの強さを披露します。お付き合いください」

「……ああ、分かった」


 それほど言うならばと、レインズは彼女たちの実力を確かめに中庭へ向かった。




 途中でレインズに用事のあるナッシュも誘い、ソラリスたちは中庭に着く。

 ちなみに、ナッシュもレインズと同じくイエッタたちを見て驚き、ソラリスに「姉妹か?」と質問していた。


「では、サラとアイリン、2人が披露しなさい」

「分かりました」

「はい」


 イエッタの命令で、2人のメイドが前に出る。

 レインズは顔と名前を覚えようとしたが、どれも似た顔でこれは無理だと諦めた。


 サラとアイリンが距離を取って対峙すると、半身の構えを取った。


「……ほう」


 元近衛騎士団の副隊長だったレインズが2人の構えを見て、かなりの使い手だと気付く。


「始め!」


 審判役のイエッタの号令と同時に2人が前に飛び出すや、激しい攻防が始まった。

 サラが右手で突きを出すのをアイリンが頭を傾けて避け、反撃に顔面へ左ひじを放つ。

 それをサラがバックステップで躱しつつローキックを放てば、アイリンが脛で防いだ。


 その後も、誰が見ても格闘のプロだと思う様な激しい攻防を繰り広げ、最後に2人が同時に飛びのきながらハイキックを互いの足に当てたところで、イエッタが試合を止めた。


「そこまで!」


 サラとアイリンが足を下ろして、お互いに礼をする。

 あれだけ激しく撃ちあいながらも2人の呼吸は全く乱れていなかった。




「……レインズ様、彼女たちは何者だ?」


 2人の試合を茫然とした様子で見ていたナッシュが少しだけ正気に戻ると、隣で立ち尽くしているレインズに質問してきた。


「……それは俺が知りたいぜ」


 レインズの目から見ても、今の戦闘は付け焼き刃ではなく、かなりの使い手だと分かる。

 確かにこれだけの実力があれば、頑固な男だろうが暴漢だろうが、力ででねじ伏せれるだろう。


(だけど、こりゃ荒れるな)


 レインズは彼女たちを採用するのを決めたが、同時に彼女たちが起こすであろうトラブルを予感した。


 これがのちにデッドフォレスト領の『ナインシスターズ九姉妹』と、呼ばれるようになる、彼女たちとレインズの出会いだった。

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