第169話 8人の春子さん

 ルディたちがナイキからナオミの家に戻って数日が過ぎた。

 その間は特に何事もなく、ルディは好きな料理を作ったり、下位マナニューロンの成長促進剤の開発に勤しむ。

 ナオミの方は、ハルを教師に基礎的な科学を学んで、それを生かす魔法が頭に浮かぶと外に出て実験を行い、様々な魔法を編み出していた。


 そして、ゴブリン一郎はナイキから持ち帰った戦斧を使って、暖炉用の薪をせっせと作っていた。

 ナオミは彼が薪を割る様子を見かけて、せっかくの戦斧なのにそんな使い方はもったいないと思うが、同時に手に馴染ませる方法としてはアリかなと首を傾げる。そして、ルディの命令を素直に従うゴブリン一郎を、人間には及ばないがゴブリンとしては頭が良い方だと感心していた。




 家事はドローンに任せて、ルディたちがイージーライフを送っていると、レインズに出向しているソラリスから連絡が入ってきた。

 丁度ルディとナオミはリビングで寛ぎ、互いの近状を話しているところだったので、ルディはナオミにも声が伝わるように、スピーカーでソラリスの声を流すようにした。


「定期報告ですか?」

『いえ、相談事でございます』

「お前が相談とは、トラブルですか?」

『現場指示が出来る人材が居ません』


 ソラリスの返答にルディが首を傾げる。


「そんなの最初から分かってたです。そのためにお前、手順書作ってた違うですか?」

『その通りですが、予想していたよりも領民の識字率が低いため、手順書を作成しても、それを読める人間が居ませんでした』

「なるほど、それじゃー手順書の意味ねーです」


 ソラリスの話を要約すると、彼女が居なくなっても作業が出来るように手順を作成していたのだが、作業者の大半が文字を読めず作業が進まなかった。

 だけど、それは別に普通の市民が馬鹿というわけではなく、今まで文字や計算を学べる学校がないため市民の識字率が低かった。


「設計書に学校の設立を含めていたはずですが?」

『それでは間に合いません。現在文字の読めるフレオ様が手順書を読んで現場監督者に指導していますが、追いつかないのが現状です』

「フレオ…フレオ……ああ、キッカの旦那さんですね。奥さんのキッカのインパクトでけーから、存在忘れていたです」


 ちなみに、ナオミはフレオの存在すら記憶になく、そんなヤツ居たっけと首を傾げている。


「それで、どうしたいですか?」

『分かりません』


 頭の固いソラリスは命令された仕事は優秀だけど、トラブルが発生すると途端に弱かった。


「ふむ。頭の固てーソラリスじゃ無理ですか」

『状況に応じて作戦変更を考えるのは艦長の仕事です。私は命令に従って行動するのが任務でございます』

「聞いた僕が馬鹿でした」


 ルディはそう言うとナオミに呆れた表情を見せ、それを見て彼女が肩を竦めた。


「それについて、レインズさんに相談したですか?」

『相談はしました。レインズ様は収容した犯罪者から文字を読める人間を採用するか考えておられますが、あまり期待しないようにとも言われました』


 ルドルフと組んでいた犯罪者の中には、領地の権力者も少なからず捕らえており、レインズは彼らを使おうと考えたが、それだと脱走する恐れもあってか、あまり良い案とは思えない。


 ルディがナオミに何か案がないかと視線を向けるが、彼女も特に良い案が浮かばず頭を横に振った。




 暫くの間、ルディは腕を組んで考えていたが、ふとアイデアが思い付いてハルに話し掛ける。


「ハル、何でもお任せ春子さんの筐体は、あと幾つありやがるですか?」

『残り8体です』

「だったらそいつを使いやがれです」

「なっ! もしかして、ソラリスが8人も増えるのか⁉」


 そのアイデアを聞いたナオミが驚き、ルディを凝視する。


「ソラリスちゃうです。容姿はソラリスだけど、中身は『なんでもお任せ春子さん』のAIです」

「いや、中身が違っても同じ顔の人間が9人も居たら、普通は驚くぞ」

「9つ子じゃ駄目ですか?」

「犬や猫じゃないんだから、さすがに怪しまれるだろう」


 銀河帝国では同じ顔をしたAIや、同じ遺伝子で生まれた人間が街中を歩いていたので、ルディは気にしなかったが、ナオミの反応から同じ顔の人間が増えるのは駄目らしい。


「仕方ねーです。顔を少し弄って容姿を変えやがれ、それと性格も変更した方が良いですね。ソラリス、8人で間に合うですか?」

『8人も居れば十分です』

「なあ、本当に大丈夫なのか?」


 不安気なナオミにルディが笑みを浮かる。


「元々『なんでもお任せ春子さん』は、児童育成用のアンドロイドです。教育の面だけで言えばソラリスよりも優秀です」

「そうは言ってもな……」


 まだアンドロイドを詳しく知らないナオミは、説明を聞いても不安気だった。




 ソラリスの相談から3日後。

 ナオミの家の前にメイド服を着た8人の女性が並んでいた。


「初めましてマスター。春子です」


 1人の女性が代表して前に出て、ルディとナオミに挨拶をする。

 彼女の容姿はソラリスに似て美人だが、目じりは彼女よりも少しだけ上がっている。だけど、ソラリスと比較して感情表現は豊そうだった。


 そして、残りの7人もどことなくソラリスと似ており、ナオミからしてみれば、8人の姉妹が並んでいるように思えた。

 ちなみに、ゴブリン一郎はソラリスが8人に増えたと勘違いして逃走。


「どもルディですー。全員、名前春子ですか?」

「初期設定のままなので、現在はそうなっています」

「同じ名前8人も居たら紛らわしいです。全員名前変えやがれです」


 ルディの命令に春子さんも同意見だったのか、微笑んで頷いた。

 もうその時点で、ソラリスの上位互換である。


「ではランダム設定で左から、サラ、リン、ダイアナ、イエッタ、アスカ、ミキ、ヒエン、アイリンで如何でしょう」


 ちなみに、代表で話している春子さんがイエッタという名前。


「それで構わねーです。それで、命令内容は把握してるですか?」

「文明度の低い未開発惑星での教育です」

「それで間違いねーです。詳しい話は現地のソラリスから聞きやがれです」


 会話を聞いていたナオミは、確かに間違ってないが何となく違う気がすると思った。


「分かりました。では行ってまいります」


 イエッタがそう言うのと同時に、8人が頭を下げて美しいカーテシーを披露した後、輸送機に乗って旅立った。


「これで問題ねーですね」

「本当に大丈夫かな?」


 空を飛ぶ輸送機に手を振るルディの横で、ナオミが顔をしかめて呟いていた。

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